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神戸地方裁判所洲本支部 昭和28年(ワ)53号 判決 1961年12月20日

原告(第三九号事件・第五二号併合事件) 株式会社 鉄原

(第五三号併合事件) 山本石炭株式会社

被告(第三九号事件・第五三号併合事件) 福原政吉 外一七二名

(第五二号併合事件) 津井製瓦組合

主文

昭和二十八年(ワ)第五二号事件被告は同事件原告に対し、金四十五万円とこれに対する同年八月十三日より完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

昭和二十八年(ワ)第三九号事件及び同第五三号事件の各原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は昭和二十八年(ワ)第五二号事件原告と同事件被告との間に生じた部分は同事件被告の負担とし、同第三九号事件及び同第五三号事件の各原告と各事件被告等との間に生じた部分は各事件原告の各負担とする。

この判決は第一項に限り昭和二十八年(ワ)第五二号事件原告が同事件被告に対し金十万円の担保を供するときは仮に執行することができる。

事実

第一当事者双方の主張関係

A  昭和二八年(ワ)第三九号事件

一、申立

1 原告

当初の請求として

「被告等は原告に対し各金五万四千三十六円七十二銭とこれに対する各訴状送達の翌日より各完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え、訴訟費用は被告等の負担とする」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、

拡張後の請求として

「被告等は原告に対し各金六万三千九百七十四円五十七銭とこれに対する各訴状送達の翌日より各完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え、訴訟費用は被告等の負担とする」との判決ならびに仮執行の宣言を求めた。

2 被告等

原告の当初請求につき

「原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め、

原告の請求拡張につき

「訴の変更を許さない」との決定を求めた。

二、原告の請求原因

1 併合事件被告津井製瓦組合(以下を通じて単に被告組合と略称する)は民法上の組合であり、被告等ならびに訴外庄司八郎、同庄司宇喜蔵、同山口喜代太及び同興津清春の合計百七十七名はいずれもその組合員である。

2 被告組合は左記振出日に同記載のとおりの約束手形七通を振出し、原告はその所持人となつた。

(一) 振出日 昭和二十七年十月三十一日

金額 金二百四十五万円

支払日 昭和二十八年二月二十五日

支払地 兵庫県三原郡津井村

支払場所 神戸銀行湊支店

振出地 兵庫県三原郡津井村

(以下いずれも支払地、振出地の記載は右(一)と同じ)

(二) 振出日 昭和二十七年十一月二十九日

金額 金七十万円

支払日 昭和二十八年二月二十八日

支払場所 淡路信用金庫阿那賀支店

(三) 振出日 昭和二十七年十一月二十九日

金額 金二百四万三千八百円

支払日 昭和二十八年三月七日

支払場所 津井村農業協同組合

(四) 振出日 昭和二十七年十一月二十九日

金額 金二百二十一万九千円

支払日 昭和二十八年三月十二日

支払場所 淡路信用金庫阿那賀支店

(五) 振出日 昭和二十七年十一月二十九日

金額 金七十五万円

支払日 昭和二十八年三月三十一日

支払場所 淡路信用金庫阿那賀支店

(六) 振出日 昭和二十七年十二月二十九日

金額 金七十五万円

支払日 昭和二十八年四月十五日

支払場所 津井村農業協同組合

(七) 振出日 昭和二十八年二月四日

金額 金六十五万一千七百円

支払日 同年四月二十三日

支払場所 淡路信用金庫阿那賀支店

原告は右各支払期日に支払場所に各手形を呈示して支払を求めたが、いずれも支払を拒絶せられた。

そこで振出人被告組合の組合員である被告等に対して右(一)乃至(七)の手形金総額を組合員総数をもつて均分した各金五万四千三十六円七十二銭とこれに対する各訴状送達の翌日より各完済に至るまで年六分の割合の金員の支払を求める。

昭和二十九年二月十三日の口頭弁論期日に請求を拡張し、その原因事実として次のとおり追加主張する。すなわち

被告組合は左記(八)の約束手形一通を振出し、原告はその所持人となつた。

(八) 振出日 昭和二十七年十一月二十九日

金額 金百七十五万九千円

支払日 昭和二十八年三月十五日

支払地 兵庫県三原郡津井村

支払場所 津井村農業協同組合

振出地 兵庫県三原郡津井村

原告は右支払期日に支払場所に右手形を呈示して支払を求めたところ、これを拒絶せられた。

そこで組合員たる被告等に対し右(一)乃至(八)の手形金の総額一千一百三十二万三千五百円を組合員全員に均分した各金六万三千九百七十四円五十七銭とこれに対する各訴状送達の翌日より各完済に至るまで年六分の割合による金員の支払を求める。

3 原告の各手形取得までの経路について

本件各手形は原告が受領した当初よりその受取人欄には「製鉄原料輸送株式会社大阪支店」と記名せられていた。その内前記(七)手形は振出人被告組合の組合長福原政吉より直接交付を受けたが、爾余の各手形はいずれも被告組合が訴外谷間こと榎本政子(以下においては単に訴外谷間と略称する)に対して受取人欄空白の白地手形として振出交付したところ、同訴外人は同組合の承認を得て組合係員に代筆せしめて右受取人欄に前記の如く原告会社名を補充記載し、原告はいずれも同訴外人よりその交付を受けて右各手形の所持人となるに至つたものである。

4 手形の形式上の所持資格について

本件各手形はその裏書記載においても何等欠けるところはなく、原告はその正当な所持人であるが、左記手形の各裏書部分等については昭和三十六年五月十日の口頭弁論期日においてその各記載を抹消する。

前記(二)の手形の原告会社より訴外株式会社日本勧業銀行に対する裏書

(三)乃至(五)の各手形のいずれも原告会社より訴外株式会社千代田銀行に対する各裏書

(八)の手形の原告会社より訴外株式会社帝国銀行に対する裏書及び手形金受領欄記載

5 なお訴の変更不許を求める被告等主張に対しては次のとおり主張する。

一般に訴の変更が許される場合における請求の基礎の同一性については「請求の基礎」なる概念を「原告が訴において主張し追求する経済的利益」として広義に解すべきであり、そして訴を変更するも相手方当事者がこれにより格別防禦方法を変更する必要がなくしたがつてその防禦に著しい障害を与えることなく、他方裁判所の審理の面においても根本的な変革を生ぜしめない場合には訴を変更することが許されるものと考えるべきところ、本件請求の拡張においては右の意義における請求の基礎に何等の変更はなく、攻撃防禦方法も従前と同様で事足り、したがつて訴訟手続を遅延せしめることもないから当然本件においては許容せらるべきである。

三、被告等の答弁

イ 被告原周一外百七十名

1 原告主張の請求原因事実(ただし請求拡張前のもの)の中、被告登喜平、同興津福平の両名を除く他の被告等がいずれも被告組合員であること、同組合が民法上の組合であること及び同組合長福原政吉が原告主張の(一)乃至(七)の各約束手形を振出したことは認めるもその余は否認する。

2 被告登喜平及び同興津福平は右各手形振出の当時においても現在においても同組合員ではない。

3 右各手形はいずれも原告会社宛に振出されたものであり、原告主張の如き受取人白地の手形ではなかつた。

4 原告の訴の変更が許されない点については後記共同被告福原政吉及び同興津文一両名の主張を援用する。

ロ 被告福原政吉及び同興津文一

1 原告主張の請求原因事実(ただし請求拡張前のもの)の中、被告両名が被告組合組合員なること及び組合長福原政吉が原告主張(一)乃至(七)の各約束手形を振出したことは認めるも、その余は否認する。

2 原告の請求拡張について

同拡張は原告の従前の請求とは別異の金百七十五万九千円の手形金請求を新たに追加するものであるが、この請求は従前のそれと発生原因を異にし、その基礎において同一性があるものと言えないから、かかる訴の変更は許さるべきではない。

3 被告組合が民法上の組合ではないことについて

被告組合はその前身が「有限責任津井製瓦販売購買利用組合」の名称であり大正十三年十二月二十三日に設立の認可を受け、翌年二月設立登記を経て存続していたが、昭和十八年三月十一日に至つて解散した。その後昭和二十三年頃に協同組合法に基ずく事業協同組合として発足することとなり、名称、事務所、地区、目的等を左記(1) の如く定めて設立認可を申請したが、認可を受くるに至らなかつたゝめ設立登記未了のまゝ存続していたが、その後昭和三十年三月二十三日に至り左記(2) の如く「津井瓦工業協同組合」の名称で設立登記を経たものである。

(1)  名称津井製瓦組合、事務所三原郡津井村千七百九十番地の二、地区津井村及び湊町、事業目的(イ)共同販売、共同購入その他組合員の事業に関する共同施設、(ロ)組合員に対する事業資金貸付及び組合員のためにする借入、(ハ)組合員の福利厚生に関する施設、(ニ)組合員の事業に関する経営及び技術の改善向上又は組合事業に関する知識の普及を図るための教育及び情報の提供、(ホ)組合員の経済的地位改善のためにする団体協約の締結、(ヘ)前各号の事業に附帯する事業、出資総口数約百八十口、払込出資総額約金五万四千円、出資一口金額三百円出資払込方法、全額一時払、理事七名、監事三名

(2)  名称津井瓦工業協同組合、主たる事務所三原郡津井村千七百九番地の二、地区三原郡津井村及び湊町登立の地域、目的組合員の取扱品の共同販売、共同購入、共同運送その他組合員の事業に関する共同施設等、出資総額百八十二万円、出資総口数百八十二口、払込済出資総額百八十二万円、理事九名監事三名

因みに中小企業等協同組合法に基ずく事業協同組合として「淡路瓦工業協同組合」なる名称の組合が存在しており同組合は昭和二十五年三月七日に設立登記を了しているがその地区は洲本市、津名郡及び三原郡の淡路一円と定められているために組合員の統制や事業遂行の便宜上別途に町村を地区とする同一事業内容の組合を設ける必要が生じ、そこで被告組合が右(1) 記の如き定めで発足し設立認可の申請に及んだが認可が得られなかつたものであることは既述のとおりである。

右のように被告組合は昭和三十年三月二十三日に「津井瓦工業協同組合」の名称で設立登記を経た法人であり、本件手形振出当時は未登記ではあつたが設立経過中の団体として事実上存在しており、名称、目的、主たる事務所、地区、理事及び監事の役員ならびに資本金の定めを設け、統制された組織体として組合財産をも保有していたものであるからこれを民法上の組合ということはできない。

右の点に関し共同被告である被告原周一外百七十名は本訴において同組合が法人格を有しない民法上の組合であることを自白しているが、本訴は必要的共同訴訟であるから右被告等の自白は効力を生じない。

4 本件各手形は右組合長福原がいずれも受取人原告会社大阪支店宛に振出したもので、原告主張のように同組合長が訴外谷間に対し受取人欄白地で振出したものではない。

5 原告が支払呈示当時の手形所持人でなかつた点について

本件各手形裏面の記載によれば

原告主張(一)手形は原告会社大阪支店より同本店へ、同本店より株式会社日本勧業銀行へ順次譲渡せられ、同銀行は昭和二十八年二月十六日に取立委任のため株式会社神戸銀行に譲渡している。

同(二)手形は原告会社大阪支店が同本店へ譲渡し、同本店は担保のためこれを株式会社日本勧業銀行に譲渡し、同銀行は前同日取立委任のためこれを株式会社神戸銀行に譲渡している。

同(三)手形は昭和二十八年一月十七日に原告会社大阪支店より同本店へ、同年同月十九日に同本店より株式会社千代田銀行へ順次譲渡せられ、同銀行は同年同月二十八日に取立委任のためこれを株式会社神戸銀行に譲渡している。

同(四)手形は同年同月十八日に原告会社大阪支店より同本店へ同年同月十九日に同本店より株式会社千代田銀行へ順次譲渡せられ、同銀行が同年二月十二日に取立委任のため株式会社神戸銀行へこれを譲渡している。

同(五)手形は同年二月九日に原告会社大阪支店より同本店へ、同年同月十日に同本店より株式会社千代田銀行へ順次譲渡せられ、同銀行が同年同月二十六日に取立委任のため株式会社神戸銀行へ譲渡している。

同(八)手形は原告会社大阪支店より同本店へ、同本店より同年一月二十二日に株式会社帝国銀行へ順次譲渡せられ、同銀行が同年二月二十三日に取立委任のためこれを株式会社神戸銀行へ譲渡している。

同(七)手形についてはその第一裏書人が原告会社大阪支店、その被裏書人が株式会社帝国銀行であり、その第二裏書人が原告その被裏書人が株式会社日本勧業銀行であり、その第三裏書人が右日本勧業銀行、その被裏書人が株式会社神戸銀行であり、その第四裏書人が右帝国銀行、その被裏書人が右神戸銀行であり、その第五裏書人が同神戸銀行、その被裏書人が淡路信用金庫となつている。

なお同(六)手形は同年四月六日原告会社大阪支店より株式会社帝国銀行へ、同日同銀行より株式会社神戸銀行へ順次取立のために譲渡せられているが、同手形も右(八)手形と同じく銀行に対する割引もしくは担保のために差入れられていたと見るべきであるから、その支払呈示の当時の所持人は株式会社帝国銀行であつたことが窺知できる。

したがつて右の如き各裏書記載によれば原告は本件各手形につきいずれもその支払のための呈示の当時には所持人でなかつたことが明らかとすべく原告は後述する如き約旨で組合長福原より右各手形の貸与を受けこれらを銀行に対し割引もしくは担保のため差入れて、自己の営業資金調達の便宜のために利用していたものである。

四、被告等の抗弁

イ 被告原周一外百七十名

1 本件各手形振出の当時において被告組合組合長福原政吉はこれを振出す権限を有しなかつたものである。

すなわち本件各手形はいずれも原告が訴外谷間を介して被告組合に対して原告の営業資金調達につき援助を乞い約束手形の振出を求めてきたが、組合長福原は従来原告より相当量の石炭を購入しており且つ原告が当時石炭業界の大手筋でもあつたので右求めを容れて手形振出を承諾し、手形金の決済方法については原告においてその代金が手形金に相当する数量の石炭を該手形の支払期日までに兵庫県三原郡津井港に送付し計量の上被告組合に対し引渡したときは(石炭単価は時価たゞし中値より廉くすること)被告組合において該支払期日に手形金を支払いもし原告が右石炭の引渡をしないときは原告が手形金額を被告組合に持参又は送金し組合がこれを支払場所たる金融機関に振込んで決済することを各手形振出日に約定したのであり、したがつて融通手形かさもなければ石炭代金前渡の趣旨で振出されたものである。

ところで(イ)被告組合の組合契約上その事業目的は瓦製造に必要な物資を買入れ組合員に提供すること、組合員製造の瓦を販売すること及び製瓦事業に関する組合員間の統制を図ることに限定せられており、他の者の資金調達を援助するために約束手形を振出す如きことは組合の事業目的に属しない。もつとも全組合員一致の決議によつてかかる権限を委任せられた者がなす場合は格別であるが被告組合においてはかかる決議をしたこともない。(ロ)被告組合の業務執行者としては組合長及び理事の名称で七名の役員(組合員の中より選挙し任期は二年)が置かれているがその権限は極めて制限せられており、その業務執行については毎年一月に開かれる組合総会において組合の目的範囲内で事業運営方の枠を決め、組合長は常任理事(一名)と共に組合の常務を専行するほか、右枠内で比較的軽微な事項は常任理事と協議した上で執行すべく、比較的重要な事項は理事会の決議を得た上で執行すべき定めであるところ、昭和二十七年一月十八日の同組合総会の決議により買入物品の代金前渡は現金小切手、手形のいずれの方法であるとを問わず禁止せられることとなつた。(ハ)更に同総会決議により組合借入金の最高限度についても訴外津井村農業協同組合及び淡路信用金庫より各金百万円の合計金二百万円と制限せられ、次いで昭和二十八年一月の同総会決議においては右各融資機関より各金百五十万円の合計金三百万円をもつて借入金最高限度と定められたものであるが、これによつて見ても未だ見合うべき品物を入手する以前に多額の債務を負担することとなるべき約束手形の振出行為が組合長の権限外であつたことは明らかである。

本件手形の各振出はその当時の常任理事を除き組合員の何人も知らない間になされたものである上に、組合長がその振出の権限を有しなかつたことは右(イ)(ロ)(ハ)によつて明らかであるから被告組合の手形上の責任は生ぜずしたがつて組合員たる被告等においても何等の支払義務はない。

2 かりにしからずとしても本件各手形の振出に当つては被告組合と原告との間に前記の如き約定が存したが、原告は各手形支払期日までに被告組合に対する約旨通りの数量の石炭の送付引渡をしなかつたから被告組合において手形金支払義務は負わない。かえつて同組合と原告との間の石炭取引上、左記のとおり同組合において金六十三万七千八百九十四円の代金過払をなしている関係にあり、同過払も昭和二十八年二月十五日を支払期日とする金額百九十八万円の約束手形(前記と同旨の約定に基ずき同組合が振出したもの)につきその当時の入荷済み石炭量をもつてはなお右過払額相当量の不足を生ずることとなつていたので訴外谷間を通じて原告大阪支店に対し同不足分の出荷ないし右金額の送金方を申入れたのであるが、原告側から何等の履行がなされなかつたゝめ同組合としては信用保持上止むなく右手形を決済した結果右の如き過払を生ずるに至つたものである。

昭和二十六年一月一日より同年十二月末まで

入荷石炭代金 六、八二七、四二五円

決済金額 六、八二五、三九二円

右差額二、〇三二円は同年末原告代理人谷間が免除

昭和二十七年一月一日より同年十二月末まで

入荷石炭代金 一九、三一九、五一六円

決済金額 一六、六九一、八一〇円

昭和二十八年一月一日より同年二月十九日まで

入荷石炭代金 一、一一〇、四〇〇円

決済金額 四、三七五、〇〇〇円

右差引金六三七、八九四円過払

ところで被告組合と原告との間の右取引は訴外谷間を介してなされるに至つたものであるがこれに至るまでの事情は次のとおりである。すなわち

昭和二十六年二月頃訴外谷間は当時の被告組合組合長福原の知人中山義一の紹介で被告組合事務所を訪れ原告会社大阪支店の石炭の買入方を申入れて来たので、二回に亘り約百五十屯を津井港に送荷検量すると引換に代金は現金払いの方法で買入れた。その後訴外谷間より石炭の品薄値上りを理由に代金支払につき現金前払方の申出があつたので、右組合長福原及び専務理事興津文一は同年五月頃右谷間と同行して大阪府堺市所在の原告会社貯炭場を実地見分の上、代金として現金約九十万円を前渡して石炭買入契約をしたが約半量の石炭の入荷があつたのみで残品の引渡がなく、その遅延の原因は原告会社大阪支店と訴外谷間との間にブロカー土山某が介在して支障を来していることによるものであることが判つた。そこで右組合長福原や興津等が訴外谷間の許(後記豊中市内曾視寮)に赴いて右引渡方を交渉し同月中旬頃無事入荷を見るに至つたが、その頃同訴外人は原告会社所属の豊中市内の曾根寮に居住しており、原告会社大阪支店の社員となつた旨言明していた。その後は代金前渡は現金でなく約束手形振出の方法でよいこととなり、手形決済については1において既述した如きの約定が取決められて正式に原告会社大阪支店との間に石炭取引が開始継続することとなつたものである。

右のように昭和二十六年五月以降の石炭取引を通じて訴外谷間は原告会社大阪支店の社員であつたし、然らずとしてもその代理人であつたから、被告組合が右訴外人を通じてなした右取引は当然原告会社大阪支店との間の取引であるというべきである。訴外谷間の代理人性について

原告会社大阪支店の営業上の一切の権限を有していた同支店長弓削仙蔵は自己の妾であり且つ事実上の秘書であつた訴外谷間を通じて被告組合と取引の上、同訴外人をして同支店営業資金調達のため組合長福原に対し融資方を懇請せしめ前記1の如き約定の下に同組合長をして本件各手形を振出さしめたのであるが、その間訴外谷間がたとえ原告会社大阪支店との間に雇傭関係がなかつたとしても、同支店長弓削より被告組合との取引上の権限を与えられていたと見るべき根拠は次のとおりである。すなわち

訴外谷間はかねてより右大阪支店に出入りし、昭和二十六年五月以降は同支店所属の豊中市内曾根寮において支店長弓削とともに居住し、同支店長が同市内の社宅に引移つた後も引続き同棲していたこと。

取引中に振出された約束手形の受取人はすべて原告会社大阪支店宛となつていたが、訴外谷間は右手形授受に際し同支店代理人として受領しており、同訴外人に対し交付した手形はすべて同支店の手に渡つていること。

訴外谷間に対し発註した石炭で入荷済みの分は同支店より被告組合宛の送り状により送荷されていること。

被告組合幹部としても取引の相手方が東京に本社を有する石炭大手筋の原告であつたから本件各手形の他に高額の手形を振出したものであつて、訴外谷間の如き一女性を取引先として大口石炭取引を口頭の契約で買入れる如きは取引上の常識にも反していること。

3 仮に右主張が容れられないとしても、訴外谷間は組合長福原に対して自己が原告大阪支店社員であり、同支店長弓削の命によつて取引の衝に当るものであると称し、同支店の資金調達の必要ありとして手形発行を懇請したので、同組合長はその言を信じ前記1の如き約定の下に原告会社大阪支店宛に本件各手形を振出したもので、原告の各手形取得に当つては右支店長弓削において右の如き振出の事情及び約定の存在を熟知していたから、同約定に基く石炭引渡のなされない以上は被告組合において手形金支払義務を負わない。

4 本件各手形の中、原告主張(一)の手形はその記載上支払地が「兵庫県三原郡津井村」、支払場所が「神戸銀行湊支店」とされているが、その振出当時においては支払場所たる右支店の所在地は三原郡湊町であつて、津井村にはなかつた。右支払場所に関する手形の記載は右支店を支払場所として特定する趣旨でなされたものであるから無意味の記載ということができない。そうすると支払地としての三原郡津井村なるものが存在しないこととなつて、かかる支払地の記載は手形要件として定められた支払地の表示に当らないから同手形は支払地の記載を欠くものとして無効である。

5 原告主張の(三)乃至(七)の各手形についてはいずれもその裏書記載上の連続を欠き原告はその正当な所持人でない。この点に関しては共同被告福原、同興津両名の主張(後記)を援用する。

6 かりに被告等において本件各手形金債務を負う関係にあるとしても、本件各手形金額に相当する代金の石炭は原告会社安治川貯炭場の管理人飛石安哉及び同飛石隆三がこれを被告組合に対して送荷すべきであつたのに、同人等は訴外谷間の懇請を容れ全部その送付先の変更に応じ被告組合に送付することなく訴外谷間をして他へ売却横流しせしめたもので、被告組合したがつてその組合員たる被告等としては原告の使用人たる右両名の故意ないし過失により本件手形金と同額の損害を蒙つたこととなる。そこで昭和三十四年九月二十三日の口頭弁論期日において右損害賠償債権をもつて原告の本件手形金債権と対当額で相殺する。

ロ 被告福原政吉及び同興津文一

1 本件各手形は被告組合組合長福原が原告会社大阪支店の懇請により同支店の資金調達のために同支店に対し貸与したもので貸与に当つては各手形振出日以前に同支店長弓削の代理人である訴外谷間が組合長福原に対して、(イ)各手形支払期日までに被告組合に対して手形金相当の代金額の石炭を譲渡することとしこれを津井港に送荷して計量の上引渡すこと(但し石炭の数量と単価は品質によりその都度協定する)(ロ)もし右石炭の引渡をしないときは原告において各手形の支払場所金融機関に金員を支払つて手形を決済することを約したものであるところ、右の当時組合長福原は次の事由により被告組合を代表してかかる手形振出行為をなし得べき権限を有しなかつたから、本件各手形をもつて被告組合が振出したものとすることはできず、振出上の責任を負わない。

すなわち

(イ) 被告組合の事業目的は先に答弁事実として述べた如き範囲内のものとして定められているから、原告会社の営業資金調達の便宜を図るために約束手形を振出す如きことは同組合の目的に反し何人も組合を代表してかかる行為をなし得ない。

(ロ) 同組合においては組合長及び理事七名の役員が置かれているがその権限は極めて制限せられており毎年一月に開かれる組合総会において組合の右目的範囲内で事業運営方の枠を定め、組合長は常任理事一名と共に組合の常務を専行するほか右枠内で比較的軽微な事項は常任理事との協議により執行すべく、重要事項は理事会の決議を経て執行すべき定めのところ、昭和二十七年一月十八日の組合総会決議により買入物品の代金前渡は現金、手形、小切手のいずれによるをとわず一切禁止せられることとなつた。組合長福原の本件手形振出行為は右買入代金の前渡に該当することとなるからその権限上許されないものであつた。

(ハ) 更に右総会決議により被告組合の昭和二十七年度の借入金最高限度は金二百万円と定められたので借入金現在高がこれを超えることは許されないこととなり次いで昭和二十八年一月の組合総会決議においても同年度の右最高限度は金三百万円と定められた。これによつても未だ見合うべき現品を入手する以前に多額の債務を負うこととなる本件各手形の振出行為は右組合長の権限上許されないことは明らかであつた。

2 本件各手形はいずれも原告会社大阪支店代理人谷間と右組合長福原との間になされた前述の如き約定の下に原告会社の資金調達の便宜のため貸与したものであるが、右約定の締結及び各手形の振出に当つて訴外谷間は組合長福原に対して「原告会社は日本有数の石炭販売会社であるが売掛金未収が数千万円あり資金繰りに困つているので貴組合の手形を貸して戴きたい」旨を懇請したほか、「各手形支払期日までに送付する石炭の代金は他の販売店よりも格安にする、右送付引渡ができないときもしくは組合において石炭不要のときは原告会社大阪支店より各支払期日までに金員を持参し手形を決済するから組合に対しては迷惑をかけない」旨を確約したので、同組合長として右訴外人の申出のまゝに原告が被告組合を欺罔する如きことはないものと信じ、且つ締結の約定が確実に履行されるものと誤信した結果、右の懇請を容れ原告会社大阪支店に対して各手形を貸与したものであつて、原告において前記約定を履行することなくかえつて手形債権を主張するにおいては各手形の振出行為の要素に錯誤があつたこととなり、よつてかかる振出は無効である。

3 然らずとしても右により明らかなように本件各手形の振出行為は原告会社大阪支店の代理人たる訴外谷間の詐欺に基いてなされたものであるから、被告組合は昭和二十八年三月七日附書面をもつて本件各手形の振出行為をいずれも取消す旨の意思表示をなし同書面は同月九日に原告会社大阪支店に到達した。

4 原告と被告組合との石炭取引において昭和二十八年二月十八日現在の計算によるとその当時まで原告より引渡を受けた石炭代金は全部支払済みでありなお金六十三万七千八百九十四円の代金過払となつている。(過払を生ずるに至つた約束手形金決済の事情については被告原周一外百七十名のこの点に関する主張のとおりである。)なお昭和二十七年十二月二十日より昭和二十八年二月十八日までに原告会社より引渡を受けた四百二十二屯の石炭についても代金全部支払済みであり、原告においてその余の石炭の引渡をしない以上被告組合の手形金支払義務はない。

以上の各抗弁を通じての事情として被告組合が訴外谷間及びその後原告とそれぞれ取引関係を生ずるに至つた模様及びその経過は次のとおりである。

(イ) 訴外谷間との取引関係

組会長福原は昭和二十六年二月初頃訴外中山の紹介で石炭売込みに来た訴外谷間を知り、同月中旬同人が原告会社より仕入れる石炭を格安に売るというので、組合長福原は副組合長興津文一と共に原告会社堺貯炭場を検分し現品を確かめた上で石炭七十七屯を現金払いで買入れた。その後も同訴外人より二回程買入れた。

(ロ) 原告会社との取引関係

同年五月初頃に至り訴外谷間が組合長福原に対して「(原告会社大阪支店の)弓削支店長が会社曾根寮に居住せよというので居住することになつた」と告げたので右組合長はその数日後これを確かめるため右寮に赴いたところ同訴外人が同所に居住していた上、「原告会社の社員になつた」旨を言明した。同月中旬同訴外人は右組合長に対し「今後は原告との間の取引になるから代金の前渡は現金でなく約束手形でもよい」と言い、その後は約束手形を前渡し手形支払期日までに額面高に相当する石炭の送付を受くべき約定の下に取引を継続し以後格別の問題を生じなかつた。昭和二十七年八月頃に至りそれ以前から原告会社の取引先である訴外福原源八が多量の石炭を組合員等に対して販売していたので組合長福原より訴外谷間に対して右訴外福原源八との取引の停止方を申入れていたところ同人は右組合長に対して原告会社と訴外福原源八との取引を廃めて被告組合のみとの取引とする代償として多額の手形の貸与方を懇請したのでその決済方法に関しては同人の申出にしたがつて既述と同旨の約定の下に右組合長は多額の約束手形を貸与したものであるが、次いで同年十月末頃には同訴外人より「弓削支店長が金融面で困つているので同人から手形借用方を頼まれて来た」旨申入れがあつたので、更に同趣旨の約定の下に約束手形を貸与の上、その一両日後に右組合長が電話を通じて右支店長に対して貸与申入れの真偽の点を確かめたところ、同人は「手形については無理を頼ませて済まない」旨答えた。その後同年十一月中頃に至り組合長福原は訴外谷間より原告会社大阪支店へ来るよう呼出の連絡を受けたのでそこへ赴いたところ料亭に案内されその際にも同席の弓削支店長は右組合長に対し「谷間にいつも手形の無理を頼ませて済まない、決して迷惑はかけないから安心して下さい。」と述べていた。(もつとも遅れて同席した同支店次長桑田昌三より組合長福原に対して今後の取引は原告会社との直需として貰う旨の申出があつたのでこの点を右谷間に訊したが、同人は従来から取引方法は原告会社の直需としてなされていたと答えた。)その後間もなく右谷間が被告組合を訪れ「原告会社が金のやりくりに困つているから一千万円程の手形を貸してほしい。同会社大阪支店にはおよそ三千万円見当の売掛未収分があるが一両月後には全部回収できるから迷惑は掛けない」と懇請して来たので組合長福原は従前と同一の約定で約束手形を貸与し、次いで昭和二十八年二月四日にも同一約定で合計金額四百三十一万円余の約束手形四通を貸与した。右貸与の中の金額百九十八万円、支払期日昭和二十八年二月十五日の約束手形一通を被告組合において決済したため本件石炭取引代金の過払を生ずるに至つた事情は既述のとおりである。

訴外谷間が代理人もしくは表見代理人であることについて

(イ) 右取引の経過にもあるように、1訴外谷間が昭和二十六年五月初頃から原告会社の寮において弓削支店長と同居していたこと、2その頃同訴外人が組合長福原に対して「原告会社の社員となつた」旨を告げ、次いで「今後は原告会社との取引になるから代金前渡は約束手形でもよい」との同訴外人の言明に基ずいて、手形支払期日までに額面に相当する代金の石炭の送付を受ける約で約束手形を前渡して取引を反覆したが同年中は約旨どおりの履行がなされ別段の問題を生ずることなく経過したこと、3前渡代金としての手形は同訴外人が原告会社の代理人としてこれを受取つていたこと、4取引石炭の送り状も原告会社大阪支店から被告組合宛に発行せられていたこと、5同訴外人個人としては被告組合との数千万円にも及ぶ石炭の取引をなし得る能力がなかつたこと-当時同人は年齢二十二、三歳の女性であつた上、店舗や帳簿の備えもなく納税もしていなかつた-などの諸事実に照らすと本件各手形振出の当時、同人が原告会社の代理人であつたことは明らかである。

(ロ) かりに訴外谷間の行為が代理権限の踰越に当るとしても、右1、2、3、の如き諸事実に加えて下記の如き事実があつたことに照らせば組合長福原において通常用うべき注意を払いながらなお同人としては本件各手形の振出に際して訴外谷間が原告会社大阪支店より代理権限を与えられて行為していたものと信ずべき正当な事由があつたというべきである。

すなわち

同訴外人が前記曾根寮に次いで原告会社の社宅においても支店長弓削と同棲していたこと

同訴外人が昭和二十六年六、七月頃にも被告組合事務所において「今度原告会社の社員になつた」旨を話したこと

遅くとも昭和二十七年一月以降は同訴外人が原告会社大阪支店の代理人資格において被告組合との間の取引に当つていたこと

原告会社と同訴外人との間においては同訴外人に対する信用調査が行われた事実がないし、通常の取引に用いられる注文書の授受も行われていなかつたこと

本件に関連して原告会社大阪支店においては鳴瀬嘉弼及び弓削仙蔵が解職されたこと

被告組合の右取引に当つて、組合長福原においては原告会社が八幡製鉄の子会社であり、日本一の石炭販売会社であるとの噂を聞いていたこと

右取引中になされた手形貸与に際してはすべて受取人を原告会社大阪支店宛と明記していたが、支店長弓削は既述の如く組合長福原に対し手形貸付の件につき礼を述べたことがあつたこと

取引後約二年間は約定が履行せられて原告との間に格別問題が生じなかつたこと

訴外谷間は他の取引先である訴外福原斎に対しても昭和二十七年六月頃の初対面の時から原告会社の嘱託であると自称していたこと

同人方へ取引のため赴く際は原告自家用車かその常傭のタクシーを利用していたこと

同年八月頃右福原斎は谷間が原告会社に属しているものと信じて同人に対し額面約五千万円の手形を貸与したが、これについても支店長弓削は右福原に対して「うちの谷間が世話になつて済まぬ」と礼を述べたことがあること

5 かりに原告が本件各手形の承継取得者であるとしても、権利取得の方法は裏書によるべきで、該手形が受取人欄白地の場合か或は白地裏書の場合以外は交付引渡の方法による譲渡は許されないところ、本件において原告が被告組合より直接受取つたと自認する(七)手形を除くその余の各手形はいずれも振出の当初より受取人欄には原告会社大阪支店と記名せられていたから原告が訴外谷間より引渡の方法によりその譲渡を受けたこととなり手形譲渡の方式として不適法であるから右各手形については原告は正当な所持人ではない。

6 白地手形はその欠けた要件が補充されるまでは未完成手形であるからそのまゝでは手形上の権利を行使することができず、したがつて支払の呈示もその効力は生じないし、訴の提起によつても時効中断の効力を生じないのであるところ、本件において原告主張(一)、(二)及び(八)の各手形はいずれもその第一裏書人が原告会社大阪支店となつているがその被裏書人は白地である。よつて右各手形は各支払期日より三年を経過した時をもつて(すなわち右(一)手形につき昭和三十一年二月二十五日、(二)手形につき同年同月二十八日、(八)手形につき同年三月十五日)時効によりその権利が消滅した。

7 裏書の連続を欠く点について

本件各手形の裏書記載については既に答弁事実として述べたとおりであるところ、その中原告主張の(一)乃至(五)及び(八)の各手形の第一裏書部分はいずれも原告会社大阪支店支店長弓削仙蔵による裏書であるが、同人は昭和二十七年十二月にその地位を退職したからその後になされた右各裏書は無効であり、同(三)乃至(六)の各手形はいずれもその裏書記載上原告が支払呈示当時の所持人でなかつたことが認められるし、同(一)乃至(五)、(七)、(八)の各手形につきいずれも原告に対する戻裏書の記載がなされていない。更に(七)手形はその第一裏書より第四裏書までの間の裏書記載上も連続を欠くことが明らかである。

したがつてかりに原告が本件各手形を現に所持しているとしても、いずれも裏書の連続を欠いていることとなるので、原告はその適法な所持人ということができない。

五、被告等の各抗弁に対する原告の答弁

1 被告組合の組合長において本件各手形振出の権限を有しなかつたとの点について

被告組合において組合長が対外的関係につき組合代理をなす場合の権限範囲は組合員等の授権行為により定まるものであることは当然であるが、その権限に加えた内部的制限はすくなくとも善意の第三者に対しこれを対抗し得ないとすべきことは法人の場合に関する民法第五十四条、表見代理に関する同法第百九条、第百十条の各規定の趣旨から見ても明らかである。殊に被告等主張のように同組合が組合員の製造瓦原材料の共同購入製品の共同販売のごとき業務を継続的に営んでいる場合において、代金決済の方法として組合長が手形を振出したりこれを受取るごときは取引の常態であり、もしその権限に加えられた内部的制限が第三者にも効力を及ぼすこととなれば取引の安全性は保し難いこととなる。よつて右抗弁は理由がない。

2 訴外谷間が原告の代理人であることを前提とする諸抗弁について

訴外谷間は、谷間商店の商号で本件各手形の振出当時は三原郡福良町に営業所を設け、大阪市住吉区に連絡場所を置いて原告と取引していた独立の石炭業者であつたところ、原告は同人に対して昭和二十六年六月より昭和二十七年十月までの間に石炭一万数千屯を売渡し、その代金の一部の支払方法として本件各手形(ただし前記(七)の手形を除く)の譲渡を受けたものである。(右取引中同様方法により原告が取得した他の手形には被告組合振出のものが約二十通含まれていたがいずれも支払日に支払われた。)このように同人は原告と雇傭関係があつたものでなく自己の責任において独自の営業をなし原告にとつては一取引先の関係にあつたから、同人が原告より買入れた石炭を被告組合に対して売るや否やは一切原告の関知したところではなく、まして同組合へ売るよう指示依頼した事実もなく原告はこれにつき無関係であつた。したがつて右訴外人の取引行為について原告が同人に対し代理権を授与したとの被告等主張の事実は何等の根拠もないし、更に同人につき表見代理の成立ありとして主張する諸事由についても被告組合責任者において過失に基ずきその主張する如き諸般の情況から右訴外人に代理権あるものと信じたに過ぎないのであるからもとよりかく信ずるにつき正当な事由があつたとすることはできない。

右のように原告は本件各手形の中前記(七)の手形を除くその余は被告組合との石炭取引関係に基ずき同組合よりこれを受取つたものではなく訴外谷間よりその譲渡を受けた善意の第三取得者であるから右各手形については被告組合と訴外谷間との間の原因関係に基ずく抗弁によつて対抗されることはない。

なお右(七)手形を除く各手形はいずれも原告取得の当時に既に受取人欄に原告会社大阪支店名が記載せられており、外観上は被告組合がこれらを直接原告宛振出したものの如くであるがこの点については訴外谷間が同組合よりいずれも受取人欄白地で振出交付を受けた後、同組合の承認を得て補充権を行使し組合係員をして右の如く原告名を記載せしめて原告に各交付したものであることは請求原因において述べたとおりであるからかかる外観上の記載によつて右各手形が同組合よりの原告に対する直接手形となるいわれはない。

かりに右各手形がいずれも直接手形と認められるとしても振出人たる被告組合と受取人たる原告との間には直接的な取引関係は存在せずしたがつて何等実質的な原因関係がないものなる以上原告が善意の第三取得者であることに変りはないから直接当事者である訴外谷間に対する抗弁権は切断せられ原告は依然として原因関係上の抗弁の対抗を受ける理由はない。

3 過払の抗弁について

本件各手形の中(七)の手形は原告が被告組合に対して昭和二十八年一月二十三日に石炭百三十三屯を直接売渡しその代金の支払方法として同組合より受取つたものであるが、その余の各手形は既述のように原告が訴外谷間に対する取引代金の一部として同訴外人より受取つたものである。

被告組合との直接取引をなすに至つたのは訴外谷間との間の前記取引が昭和二十七年(二十八年との主張は二十七年の誤まりと認める)十一月頃から同人の代金支払状態が悪化したのでこれを停止し、同人の取引先の中より原告に対し申出のあつたものにつき原告が直接契約して石炭を販売することとしたところ、同年十二月中被告組合代表者として福原政吉等が原告会社大阪支店に来たので同組合との間に直接販売契約を締結して、同月二十日より昭和二十八年二月十八日までの間に各種石炭合計六百六十五屯百キロを総代金四百十万七千二百七十円で売渡した。しかるにこれにつき被告組合は内金二百一万一千二百七十円を支払つたのみで残代金二百九万六千円については未払であるから右抗弁は失当である。

4 引渡の方法による手形譲渡は不適法であるとの点について

本件各手形(たゞし前記(七)の手形を除く)はいずれも受取人欄空白のまゝ訴外谷間に対し振出交付せられた白地手形であつたことは既述のとおりであるが、仮に各振出の当初より受取人欄に原告名が表示せられていたとしてもこれによつて原告が直接の受取人となるべきいわれはないから法的には依然白地手形と看做さるべきである。

手形上の権利の譲渡は裏書の方式によりなされるのが原則ではあるが、かかる方式以外にも白地裏書がなされている手形については単なる交付の方法も適法な譲渡方式として認められており、この理は受取人欄空白の白地手形の譲渡の場合にあつても異なるところはないから、右各手形につき既述のように原告が訴外谷間より交付引渡の方法によつて譲渡を受けたことをもつて不適法とすべき理由はない。

5 本件(一)の手形の支払地及び支払場所の記載に基ずく無効の抗弁について

(イ) 手形要件としての支払地の記載は被告等主張の如く厳格に解釈せらるべきものではなく、支払場所の記載と相俟つて解釈を補充し得る場合にはその記載のまゝでも正しいものとすべきである。

(ロ) ことに本件においては振出人たる民法上の組合が負担する債務につき組合を構成する組合員等を各自被告として同人等に対し民法上の責任を追求するものであるから、かかる点からも右抗弁は理由がない。

6 相殺、消滅時効及び裏書の連続欠缺の点の各抗弁について

被告等の各抗弁はいずれも時機に遅れて提出せられた防禦方法であるから却下せらるべきである。

仮にしからずとしても被告等主張事実は全べて否認する。

相殺の抗弁事実については被告等主張の如く安治川貯炭場出荷の石炭の送付先が変更されたとしてもそれは原告会社と訴外谷間との石炭売買に基ずき買主たる同訴外人が指図して同所より石炭を搬出したものであるから、送付先の変更が被告等の意に反してなされたかどうかの点は原告として関知するところではない。したがつて原告会社使用人において右送付先変更に際して故意過失があつたとの事実を前提とする相殺の抗弁は理由がない。

B  昭和二八年(ワ)第五三号併合事件

一、申立

原告は「被告等は原告に対して各金一万六千四百三十八円二十四銭とこれに対する各訴状送達の翌日より各完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え、訴訟費用は被告等の負担とする」との判決ならびに仮執行の宣言を求めた。

被告等は「原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求めた。

二、原告の請求原因

被告組合は法人格を有しない民法上の組合であり、本件被告等ならびに訴外庄司八郎、同庄司宇喜蔵、同山口喜代太及び同興津清春の合計百七十七名はいずれもその組合員である。

被告組合は左記各振出日に同記載のとおりの約束手形二通を振出し、原告は昭和二十八年二、三月頃に併合別件原告である株式会社鉄原(以下本件については単に会社鉄原と略称する)との間の石炭取引代金の支払に関して同会社より各裏書譲渡を受けその所持人となつた(各手形の取得時期につき同年四月二日とした当初の主張を訂正する)。

(一) 振出日 昭和二十七年十二月二十九日

金額 金百三十五万九千五百七十円

支払日 昭和二十八年四月七日

支払地 兵庫県三原郡津井村

支払場所 淡路信用金庫阿那賀支店

振出地 支払地の記載と同じ

振出人 津井製瓦組合組合長福原政吉

受取人 製鉄原料輸送株式会社大阪支店

(二) 振出日 右(一)と同じ

金額 金百五十五万円

支払日 昭和二十八年四月二十三日

支払地、支払場所、振出地、振出人及び受取人の各記載、それぞれ右(一)と同じ

原告は右(一)の手形につき昭和二十八年四月八日に、(二)の手形につき同年同月二十三日に各支払場所にこれを呈示して支払を求めたところ、いずれも支払を拒絶された。

そこで被告等に対して右手形金債権を組合員全員に均分した各金一万六千四百三十八円二十四銭とこれに対する各訴状送達の翌日より各完済に至るまで年六分の割合による金員の支払を求める。

三、被告等の答弁及び抗弁

イ 被告原周一外百七十名

1 答弁として

原告主張事実の中、被告組合が民法上の組合であること、被告登喜平及び同興津福平の両名を除くその余の被告等がその組合員であること及び同組合長福原政吉が原告主張の(一)及び(二)の各約束手形を振出したことは認めるもその余は否認する。被告登喜平、同興津福平は右各振出当時も現在も同組合の組合員ではない。

2 抗弁として

(イ) 右各振出の当時組合長福原は右組合を代表して右各手形を振出す権限を有しなかつた。

(ロ) かりに同組合が振出したものとしても右各手形は組合長福原が各手形受取人である会社鉄原大阪支店よりの懇請によりその資金調達のためこれらを振出したものであるがその際同支店との間に同支店が各手形支払期日までに手形金相当の代金の石炭を兵庫県三原郡津井港に送付し組合に対し計量引渡をなし、もし右引渡をなし得ないときは同支店が各手形支払場所に現金を持参または送金して各手形を決済する旨の約定がなされていたものであるところ、会社鉄原は右約定に基ずく石炭の引渡をしなかつたから同組合において、延いてその組合員たる被告等において手形金支払の義務はない。原告はかかる事実を知つて各手形を取得したから原告は本件請求権を有しない。

(ハ) 同組合は右各振出当時は法人設立の途中にあつたものでその有していた権利義務の一切はその後昭和三十年三月二十三日に至り設立せられた法人「津井瓦工業協同組合」がこれを承継したから本訴は同法人組合を相手方とすべきである。

3 その他本件の主張として併合に係る昭和二八年(ワ)第三九号事件における被告原周一外百七十名の主張を援用する。

ロ 被告福原政吉、同興津文一

1 答弁として

原告主張事実の中被告両名が被告組合の組合員であること、同組合長福原政吉が原告主張の如き(一)及び(二)の各手形を振出したことは認めるもその余は否認する。

被告組合が民法上の組合に非ざることについて、

同組合は昭和二十三年頃名称、事務所、目的等を左記(1) の如く定めて発足した中小企業等協同組合法に基く組合で本件手形各振出の当時は未だ設立登記を経ていなかつたが事実上存在していた団体である。

その発足ならびに未登記の事情は同組合と別個に同じく中小企業等協同組合法に基ずく事業協同組合として左記(2) の「淡路瓦工業協同組合」と称する組合が存在しており、同組合は昭和二十五年三月七日に設立登記を経たものであるが、その地区が淡路島一円(洲本市、津名郡及び三原郡)と定められているために組合員の統制や事業遂行に不便でありそこでこれとは別に町村を地区とする同一事業内容の組合を必要とするに至つたところから発足を見たのであるが、その後設立認可を申請したところ認可を得るに至らずして未登記のまゝ存続していたものであるから、それが民法上の組合でないことは明らかである。

(1)  名称 津井製瓦組合

事務所 三原郡津井村千七百九十番地の二

地区 津井村及び湊町

事業目的

1 共同販売、共同購入その他組合員の事業に関する共同施設

2 組合員に対する事業資金の貸付及び組合員のためにする借入

3 組合員の福利厚生に関する施設

4 組合員の事業に関する経営及び技術の改善向上又は組合事業に関する知識の普及を図るための教育及び情報の提供

5 組合員の経済的地位の改善のためにする団体協約の締結

6 右の事業に附帯する事業

出資総口数 約百八十口

払込出資総額 約金五万四千円

出資一口金額 金三百円

出資払込方法 一時全額払込

理事 七名

監事 三名

(2)  名称 淡路瓦工業協同組合

事務所 三原郡津井村千七百九十番地の二

地区 洲本市、津名郡及び三原郡

事業目的 右(1) と同じ

出資総口数 一千五百八十八口

払込出資総額 金三万一千七百六十円

出資一口金額 金二十円

出資払込方法 全額一時払込

理事 十名

監事 三名

2 抗弁として

(イ) 本件各手形の振出当時において組合長福原政吉は被告組合を代表して各手形を振出す権限を有しなかつた。

すなわち

(1)  同組合の事業目的は前記のとおりであり、組合員以外の者の資金調達の便宜のために組合が約束手形を振出すごときことはその目的範囲に属しないから何人も組合を代表してかかる行為をなし得ないところ、右各手形は後述(ロ)の如く組合長福原が会社鉄原の営業資金調達を援助する目的でしかも他の組合員等に諮ることなく振出したものであるから該振出行為は無効である。

(2)  同組合においては組合長及び理事の権限は極めて制限せられており、組合の業務執行については毎年一月に開かれる総会において事業目的の範囲内で事業運営方の枠を定め組合長は常任理事一名と共に常務を専行するほか、右枠内において比較的軽微な事項は常任の理事と協議して執行すべく、比較的重要な事項は理事会の決議を得た上で執行すべき定めであるが、昭和二十七年一月十八日の組合総会の決議により買入物品の代金前渡は現金、小切手及び手形のいずれによるとをとわず一切禁止せられることになつた。ところで本件各手形の振出に際しては後述(ロ)の如き約定がなされており各振出行為は買入代金の前渡に該当することとなるので組合長福原政吉はかかる振出の権限を有しなかつたものである。

(3)  前記組合総会の決議により昭和二十七年度の組合借入金最高限度は訴外津井村農業協同組合及び同淡路信用金庫から各金百万円宛合計金二百万円と定められ、昭和二十八年度については同年一月の組合総会決議により右各借入先より各金百五十万円宛の合計金三百万円を最高限度として定められ、負債現在高が右金額を超えることは許されないこととなつた。

本件各手形振出により右組合としては未だ見合うべき物品を入手しない以前に多額の債務を負うこととなること後述のとおりであるからかかる振出行為は組合長福原政吉の権限上許されていなかつたものである。

(ロ) かりに右各手形につき被告組合において振出上の責任を負うとしても、振出の趣旨は組合長福原政吉が会社鉄原大阪支店の懇請によりその資金調達の便宜のために同支店に対して貸与したものであつて、貸与に際しては各振出日に同支店との間に

各手形支払期日までに各手形金額に相当する代金の石炭を同支店より右組合に対し譲渡し、津井港に送荷の上計量引渡すこと(数量、単価は品質によりその都度協定する)、もし右期日までに石炭の引渡をしないときは同支店が各手形支払場所に金員を持参して各手形を決済すること

の約定が成立したものであるところ、同支店において毫も同約定に基ずく義務を履行しないので、組合長福原がかかる履行のなさるべきことを誤信してなした右各手形振出行為はその要素に錯誤があつたこととなりしたがつて各振出は無効である。

(ハ) かりに然らずとしても同支店が前記約定を履行せずかえつて同趣旨で貸与した他の手形金の取立をなしたことにより、本件各手形振出は同支店の詐欺に基いてなされたことが判明したので組合長福原政吉は同支店に対し昭和二十八年三月七日付書面をもつて本件各手形及び他の八通の約束手形の各振出をいずれも取消す旨意思表示を発し、同書面は同月九日同支店に到達した。

(ニ) 白地手形はその欠けた要件が補充されるまでは未完成手形に過ぎないからそのまゝでは手形上の権利を行使することはできず、したがつて支払のための呈示をなすも無効であり、訴を提起するも時効中断の効力は生じない。

本件各手形はいずれも第二裏書の被裏書人部分が白地でありしたがつて各満期より三年(原告主張(一)手形につき昭和三十一年四月七日、同(二)手形につき同年同月二十三日)を各経過した時をもつて時効により各手形債権は消滅した。

(ホ) 原告の本件各手形の譲受行為は会社鉄原との間の通謀虚偽表示によるもので無効である。

すなわちその根拠は

(1)  東京都に住所を有する原告が兵庫県下の片田舎の法人か否かすら判然とせぬような組合の振出しに係り、しかも額面二百九十万円余の高額の手形を有償行為により譲受ける道理がない。

(2)  もし譲受の事実があつたとすれば手形の不渡と同時に手形を返還して裏書人より償還を受けるのが通常である。殊に右各手形において裏書人たる会社鉄原は日本有数の石炭販売会社であつて償還能力を充分有するのに満期後長期間を経た今日まで原告の手中に各手形が存することは取引の常態に反する。

(3)  原告は本件各手形譲受の時期につき昭和二十八年二、三月頃と主張するが、この点につき従前は同年四月二日の旨自認していた。(昭和二十九年二月十三日口頭弁論)。

右各手形振出行為につき振出人組合より受取人たる会社鉄原に対し詐欺による取消の意思表示をなし同年三月九日に同意思表示が相手方に到達したことは前述のとおりであるから、その後になされた各手形の譲受は通謀虚偽であることを充分推定せしめる。

(ヘ) 然らずとしても本件各手形は既述の如き特約に基ずき会社鉄原大阪支店に貸与したものであつたから、同支店が約定に基ずく義務を履行しない以上は振出人組合としては何等手形金支払義務を負わないところ、原告はかかる事実を知りながら右各手形を譲受けたものであるから右組合の抗弁権の対抗を受くべきものである。したがつて本件請求は失当である。

4 その他本件の主張として併合に係る昭和二八年(ワ)第三九号事件における被告福原、同興津両名の主張を援用する。

四、右抗弁に対する原告の答弁

1 「津井瓦工業協同組合」が被告組合の有する一切の権利義務を承継したとの点について

被告組合は設立以来長きに亘つて民法上の組合として物品の販売、買入れ、代金の回収及び弁済その他債務負担等各種の法律行為を独立してなし来つたもので本件各手形の振出も同組合の営業行為としてなされたものと見るべきであり、法人設立中の行為としてその効果が設立後の前記協同組合に当然吸収帰属するごときことはあり得ない。けだし法人設立中になすことを許される行為は設立準備のための行為であつて右の如き営業行為はその範囲外であるからである。

かりに被告原周一外百七十名主張のように法人として設立された前記協同組合において被告組合が有する一切の権利義務を承継するものとするも、同承継に当つては債務引受に関する一般的要件を具えることが要求されるものと解すべきであるから債権者の同意なき以上は右承継の効力は生じない。もし然らずとすれば本件手形債務が無限責任を負担すべき民法上の組合から有限責任の協同組合へとその責任の主体を変ずることとなりこれによつて債権者の権利は著しく害される結果となるからである。

2 消滅時効の抗弁について

この点の抗弁は併合別件における被告等の裏書連続欠缺の抗弁及び相殺の抗弁とともにいずれも時機に遅れて提出せられたものであるから却下せらるべきである。

しからずとしても本件各手形は原告がこれを取得するに至つた経路においても裏書の連続上間然するところはなく既述のように各呈示期内に各手形を支払場所に呈示したが支払を拒絶せられたのでやむなく昭和二十八年七月十七日に本訴提起に及んだものである。したがつて裏書の連続においても権利行使の時期においても何等欠けるところなく、被告の消滅時効の抗弁は理由がない。

3 通謀虚偽表示及び悪意取得の各抗弁について

この点の被告等主張事実はすべて否認する。

原告は石炭売買業を営み、本件各手形の裏書人たる会社鉄原とは長きに亘つて取引関係に立つ間柄であり、本件各手形はいずれも同会社との間の石炭取引代金の一部として原告が受領したものであるから被告等主張の如き通謀虚偽表示の事実はないし、まして悪意の手形取得者でもあり得ない。

C  昭和二八年(ワ)第五二号併合事件

一、申立

原告は主文第一項同旨と訴訟費用は被告の負担とするとの判決ならびに仮執行の宣言を求めた。

被告は本案前の申立として「原告の訴を却下する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め、本案につき「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求めた。

二、原告の請求原因

被告組合は昭和二十七年十月三十一日に金額二百四十五万円、支払日昭和二十八年二月二十五日、支払地及び振出地共に兵庫県三原郡津井村、支払場所神戸銀行湊支店なる記載の約束手形一通を振出した。

右手形の所持人となつた原告はその支払期日に支払場所においてこれを呈示して支払を求めたところ、支払を拒絶せられた。

そこで被告組合に対して右手形金の内金四十五万円とこれに対する訴状送達の翌日(昭和二十八年八月十三日)より完済に至るまで年六分の割合による手形利息の支払を求める。

被告の二重訴訟との主張について

原告が本件約束手形金につき被告組合の組合員等を各被告として別件により訴求していることは被告主張のとおりであるが各訴においてはそれぞれ被告を異にしている。

被告組合が民法上の組合に当るものである以上は同組合の債権者たる原告において最終的に総組合員の個々に対して責任を追求し得ることは勿論であるが同組合が対外的に組合名義の財産を所有し且つ取引を行つている如き場合の本件にあつてはこれと別個に組合名義の財産を目的とし、同組合自身を被告として訴求することも可能である。いわば被告組合と同組合員とは原告の本件手形債権につき連帯債務者の如き関係にあるものと看做し得るから同一手形上の債権につき各別に訴を提起したからとて二重訴訟になるべき理由はない。

三、被告の答弁および抗弁

1 本案前の抗弁

原告は本訴と同一の訴訟物につき被告原周一等百七十三名を相手方として昭和二十八年六月一日に別件訴訟(本件と併合せられた同年(ワ)第三九号事件)を提起し現に係属中であるから本訴は二重訴訟に該当し不適法である。

2 本案についての答弁及び抗弁

(イ) 右併合別件における被告福原政吉及び同興津文一両名の答弁を援用する。

(ロ) 抗弁として

白地手形はその欠けた要件が補充せられるまでは未完成手形に過ぎないからそれによつては手形上の権利を行使することはできずたとい支払のため呈示してもその効力はなく訴を提起するも時効中断の効力を生じない。

本件手形において第一裏書人は原告会社大阪支店でその被裏書人は白地である。したがつて本件手形債権は満期より三年後の昭和三十一年二月二十五日を経過したときをもつて時効により消滅した。

(ハ) 本件におけるその他の抗弁としては併合に係る右別件における被告福原、同興津両名の主張を援用する。

四、右消滅時効の抗弁に対する原告の答弁

この点の被告抗弁は併合別件における被告等の裏書の連続欠缺の抗弁及び相殺の抗弁とともにいずれも時機に遅れて提出せられた防禦方法であるから却下せらるべきである。

しからずとしても原告は本件手形の正当な所持人であつて裏書の記載においても欠けるところはなく、本訴は原告が正当な所持人として手形上の権利行使のため昭和二十八年七月十七日に提起したものであるから、被告の消滅時効の主張は理由がない。

第二証拠関係<省略>

理由

第一、昭和二八年(ワ)第三九号事件、同年(ワ)第五三号併合事件

原告等の各請求はいずれも被告組合が原告等主張の各手形を振出したことに基ずきその組合員たる各被告等に対し手形金の各均一部分につきその支払を求めるものであるから、各請求においてはいずれも被告組合が民法上の組合であることが前提とせられており、この点につき被告等の中、被告原周一外百七十名は同組合が民法上の組合であるとの原告等の主張を認めるのに対して、他の被告福原政吉及び同興津文一両名は同組合が中小企業等協同組合法に基ずく法人として設立経過中の組合であるとしてそれが民法上の組合であることを争うのでこれを検討して見なければならない。

先ず被告登喜平及び同興津福平を除くその余の被告等(百七十一名)がいずれも右組合の組合員であること、原告等主張の各手形振出当時の同組合長が被告福原政吉であつたことは当事者間に争いがなく、而して被告等の大部分が居住する三原郡西淡町津井地区(昭和三十二年七月の町村合併以前までの同郡津井村)が古くより所謂津井瓦の名で呼ばれる瓦の特産地として知られていることも当裁判所に顕著である。

そこで被告組合の発足について見るのに右事実と併せて成立につき争いなき丙第二号証(登記簿謄本)及び証人馬部武の証言(第二回)、被告福原政吉、同興津文一各本人尋問の結果を綜合すると、同地区においては大正十三年当時より旧産業組合法に基ずく組合として「有限責任津井製瓦販売購買利用組合」なる名称の組合が設立せられており、同組合は組合員生産瓦の買収及び受託販売、組合員のための瓦製造資材の買入斡旋のほか組合員利用のための瓦製造設備の供与を事業目的として昭和十八年に解散するまで存続していたが(その中途においては昭和七年に事業目的を追加して組合員の産業及び経済の発達に要する資金の貸付ならびに組合員等のための預金業務をも取扱うこととなり、その名称は「有限責任津井村信用販売購買利用組合」と変更され、次いで昭和九年には責任組織を保証責任に改めてその名称も「保証責任津井村信用販売購買利用組合」と変更されていた)、戦後同地区においては再び右と同種の事業目的の組合を発足させることとなり、昭和二十三年頃設立者において前記解散組合の定款を模して新たに事業目的、地区もこれに準ずる内容の定款を作成し、被告等(登喜平及び興津福平の両名を除く)がその構成員となり、「津井製瓦組合」の名称で被告組合が設立せられる運びとなつたが、主務官庁において設立の認可を受けることができなかつたために設立登記未了のままに事実上事業活動を開始するに至つたものであることが認められるし、次いでその組織運営の面を見るに右被告福原、同興津本人等の各供述とこれにより各真正に成立したと認むべき乙第一号証の一乃至三(津井製瓦組合総会決議録)、各成立に争いなき同第四十七号証の一、二(同金銭出納帳)、同第四十八号証の一乃至七、九乃至三十六(同購買元帳)、丙第八及び第九号証(執行調書)ならびに弁論の全趣旨を綜合すると同組合には組織上の機関として組合員総会、同総会において選任せられる理事、監事の役員ならびに代表者たる組合長が設けられて、各機関がそれぞれ組合内部の意思決定、これに基ずく業務の執行及び対外的代表行為を司り、且つ組合事務所を置いて組織的統制の下に定款所定の事業を営み、対外的にも被告組合の名で諸種の取引活動を行うとともに、組合自身の財産を保有していることを窺知することができる。

他面において成立につき争いのない丙第五号証によると昭和三十年三月二十三日に至り中小企業等協同組合法に基ずく事業協同組合として左記の「津井瓦工業協同組合」が設立を見たことが明らかであるところ、被告組合の組合員等の認識においては右法人たる組合と被告組合との人格上の異同に関しては判然たる区別を設けることなく、却つて大正年代より存した上記解散組合の後、被告組合を経て右「津井瓦工業協同組合」へとその名称は順次変更せられながらもその実体においては同一性を保持する組合が一貫して存続しているものと信じていることは前記被告等本人の各供述のほか被告雨堤修二郎及び同下川新一各本人尋問の結果に徴して充分推知し得るところである。

名称 津井瓦工業協同組合

主たる事務所

三原郡津井村一七〇九番地の二

地区 三原郡津井村 湊町登立

目的1、組合員取扱品の共同販売、共同購買、共同運送その他組合員の事業に関する共同施設

2、組合員取扱品の検査

3、生産数量の制限、価格の調整その他組合員の事業に関する協定

4、組合員に対する事業資金の貸付及び組合員のためにする借入

5、組合員の経済的地位向上のためにする団体協約の締結等

6、組合員の事業に関する経営及び技術の向上又は組合事業に関する知識の普及を図るための教育及び情報の提供

7、組合員の福利厚生に関する事業

8、その他前各号に附帯する事業

出資一口額

一万円

出資口数

一八二口

出資総額

一八二万円

そこで以上認定の如き事実関係から考えると、被告組合が後に設立を見た右「津井瓦工業協同組合」と人格上の同一性を有するかどうかすなわち被告福原、同興津両名主張のように同組合が設立経過中のものであるかどうかはこれをしばらく措くとしても、それが法人としての設立登記未了であつた点を度外視すれば他の実体上の性格においては旧産業組合法乃至現行中小企業等協同組合法に基ずく法人たる組合との間に格別の相違は見出し難いものといわなければならない。

ところで前記各法制の下において主務官庁の認可を経て設立せられる組合は等しく組合の名を冠する多数人の結合形態でありながら民法上の組合とは異質のものとせられ、その法的性格は地理的及び職業的条件を共通にする多数人が一定の事業目的を遂行するために結合し、一個の団体として組織的な統制活動をなす点においては社団法人たる性格を具えるものとせられていることに鑑みれば、本件において右に見たように設立登記の有無は別として被告組合がその実体上の性格において旧産業組合法上もしくは現行中小企業等協同組合法上の組合と格別隔たるところのものがない以上はこれを人格なき社団として把握するのが相当であり、したがつて原告等主張のように同組合が民法上の組合に当るものと解することはできないことと言わねばならない。

被告組合の法的性格に関する原告等の右主張は一個の法律的見解の表明にほかならないから、この点の被告原周一外百七十名の裁判上の自白はいわゆる権利自白に属するものと解する。したがつてかかる場合は事実問題に関しての裁判上の自白と異なり自白の対象たる法律関係の存否につき裁判所の判断を確定的に拘束すべき性質のものではなく、もし他の判断資料により相容れない事実関係が現れたときにこれに基いて裁判所が当該自白の対象となる法的関係につき当事者の主張と異なる判断を与えることはこれを妨げないというべきである。この場合には主張当事者の側において更に進んでその法的主張の正当性を根拠づけるための諸事実につき新たな主張及び立証を要することとなるのはいうまでもない。しかしながら本件において被告組合が人格なき社団に当るものと認むべきことは既述のとおりであるところ、この認定を覆えしてそれが民法上の組合であることを肯認し得べき別段の主張立証はないのであるから、右裁判上の自白にかかわらずこの点の原告等主張はついに採用することができないものとしなければならない。

してみれば被告組合が民法上の組合であることを前提として同組合自身の手形上の債務につきその組合員等を各被告として手形金の各均一部分につき支払を求める原告等の各請求はその前提を欠くものと言うべく、したがつてその余の判断に立入るまでもなくいずれも失当として棄却すべきものである。

第二昭和二八年(ワ)第五二号併合事件

(一)  本案前の抗告について

被告は本訴と併合に係る昭和二八年(ワ)第三九号事件訴訟とが訴訟物を同じくしているから、後に提起せられた本訴が二重訴訟に該当し不適法である旨主張するが、裁判上の請求は特定原告の特定被告に対する相対的な権利関係の存否の主張にほかならないのであるから両個の訴訟においてその当事者の一方もしくは双方が相異なるときは必然請求としては別個とならざるを得ずしたがつて二重訴訟に該るかどうかは訴訟当事者が同一であることを前提してはじめて真の意味で問題となるに過ぎない。

原告の請求は本件においても、右別件においても同事件の甲第一号証約束手形に基ずく債権を主張する点においては共通するけれども、本件は手形振出人たる「津井製瓦組合」を被告として同組合に対しその構成員とは独自の手形上の責任を追求しようとするものであるに対して、別件は同組合が民法上の組合に当ることを前提として同組合の手形上の債務はその構成員である各組合員が分割してこれを負担すべき関係にあるものとしてかかる分割債務の支払を求めるために各組合員個々人を被告としているものであることは原告の主張関係に照らして明らかであるから、両事件は訴訟の相手方を異にする別個の請求といわなければならない。

したがつて本訴が二重訴訟に該るものとする被告の主張は採用することができない。

(二)  被告組合の当事者能力について

被告組合の法律上の性格に関しては右別件請求に対する判断として前記第一において認定したところであり、そこで説示した如き理由によりこれを権利能力なき社団に当るものと認むべきであるし、同組合が代表者の定めを有することも同認定の事実からこれを肯認することができる。

原告の本訴提起は被告組合が民法上の組合たる性質を有するとの法律的主張を前提として含んでおり、かゝる主張は当裁判所としてこれを容れ難いところであるが、右のように同組合を権利能力なき社団にして代表者の定めを有するものとして認むべき以上は依然として同組合自身が訴訟上の当事者能力を有している点はこれを肯定しなければならないのであるから、被告組合の法律上の性格に関して原告の抱懐する法律的見解の当否の点はともかくとしても同組合自身を被告として本訴を提起したことは結局において適法たるを失わないものと考うべきである。

そこで本案につき検討を進めることとする。(なお以下の認定に用うる証拠の中併合別件において提出されたものについては同事件における証拠表示をそのまま使用することとする。)

(三)  本件手形の振出について

被告組合組合長福原政吉が原告主張の如き本件約束手形(甲第一号証)一通を振出したこと及び同手形受取人欄に原告会社大阪支店名が記載せられていることは当事者間に争いがなく、原告が現にこれを所持していることも当裁判所に顕著である。而して同手形の振出日の記載は昭和二十七年十月三十一日とせられ、原告は同日振出された旨主張するが、証人榎本政子の第一回証言により真正に成立したと認める乙第四十五号証によれば同手形の真実の振出日は同年十一月二十日と認むべきである。

原告は当初右手形が受取人欄空白の白地手形として訴外谷間に対し振出され、同訴外人がこれを受取つた後に補充権を行使して同欄に原告会社大阪支店と記名してこれを原告に交付した旨主張するに対し被告は組合長福原が振出に際しこれを訴外谷間に対し交付したことを除いては右主張を争うのであるが、この点につき成立に争いなき甲第一号証表面と右証人榎本の第一回証言及び併合事件被告福原政吉(以下単に被告福原と称する)本人に対する尋問の結果を綜合すれば組合長福原としては当初から原告会社大阪支店に対し振出す意図の下に同手形受取人として同支店名を記入して訴外谷間に交付したところ、同訴外人がこれを後に原告会社大阪支店に持参引渡したものであることが認められ、他に反対の証拠はない。もつとも右証拠によれば同手形は組合長福原が自ら券面上の記載をしたものではなくすべて組合事務員に命じてこれを作成せしめたことが認められるが、同組合長において原告主張の如き白地手形を振出す意思があつたことは認め難いところであるから、たといその交付を受けた訴外谷間においては右組合事務員による受取人欄の記名行為が白地補充に当るものと信じていたとしてもこれによつて同手形が白地手形となるべきいわれはなく、他に同手形が原告主張の如き白地手形として振出されたことを認めるに足る証拠はない。

そこで右手形振出の法律関係すなわち同手形が原告会社大阪支店に対するいわゆる直接手形と認むべきかどうかを考えることとするが、そのためにはこれに先立つて右振出当時その交付を受けた訴外谷間がいかなる地位に置かれていたものであるか更に訴外谷間の原告会社大阪支店に対する交付がいかなる性質のものであるかを審究しなければならない。

(イ)  被告組合と訴外谷間との取引関係

各成立につき争いなき乙第二乃至第十六号証(各約束手形)同第四十六号証(組合仕入帳)、同第四十七号証の一、二、(同金銭出納帳)同第四十八号の各証(同購買元帳)、同第四十九号証の一乃至三(各約束手形)同第五十一号証(速記録、ただし後に措信しない部分を除く)、証人榎本の第一回証言によつて各真正に成立したと認むべき同第四十二乃至第四十四号各証(各領収書)、被告福原本人の供述によつて各真正に成立したと推定すべき甲第九、第十号各証(各註文書)ならびに右証人榎本(第一回ただし後に措信しない部分を除く)、同桑田昌三、同弓削仙蔵、同鳴瀬嘉弼(第一、二回)及び同馬部武(第一回)の各証言、被告福原、同興津各本人の供述を綜合すると次のとおりの事実を認めることができる。すなわち、訴外谷間は昭和二十五年十月頃まで三原郡南淡町福良において兄の経営する谷間鉄工所の事業を手伝つていたが、その頃から同所において女手一つで石炭販売業を営むようになり、昭和二十六年二月頃訴外中山某の紹介によりはじめて被告組合組合長福原と知り同組合と取引交渉を結ぶに至つた。右訴外人の当初の取引の仕方としては原告会社(同社は従前は八幡製鉄株式会社の石炭の輸送を主業務としていたが、昭和二十五年八月頃からは石炭及び屑鉄販売を主業務としていた)の取引業者土山某より石炭を買入れこれを被告組合へ転売する形式であつたところ、右土山からの買入れが円滑を欠く事態を生じたため間もなく原告会社大阪支店営業所に出入りして同支店と直接買付の交渉を結ぶようになり買付の石炭は谷間商店の名で被告組合に販売していたが、遅くとも昭和二十六年六月頃より以後は被告組合に対して原告会社大阪支店代理人もしくは同代理店谷間商店なる資格を称して取引を継続するようになつた。昭和二十七年十二月頃に至り右支店より被告組合に対し直接取引方の申入がなされるに及んでから被告組合は訴外谷間を介さず直接右支店宛の註文書を発して註文するようになつたが、それ以前の取引期間中においては同組合が直接原告会社に対し発註したことはなくすべては同組合と訴外谷間との間の交渉によつて取引が進められ同訴外人は当初の取引以来引続いて専ら原告出荷の石炭を被告組合に対し引渡し(昭和二十七年中における一年間の毎月取引石炭数量は左記のとおりである)、その代金の支払方法としては殆ど現金を用いることなく同組合は受取人を原告会社大阪支店とする約束手形を同訴外人に対して振出交付していた。(本件手形を含む被告組合振出手形のすべてが純然たる代金支払方法として授受されたものかどうかは別に検討しなければならないが、同組合金銭出納帳(乙第四十七号証の一、二)及び仕入帳(同第四十六号証)の各記載に徴するとすくなくとも前記原告よりの直接取引申入の時期までの決済手形が代金手形たる性質を有していた点はこれを認めて差支えない。)

時期     取引石炭数量 単位トン

昭和二七年一月  二五四・五

昭和二七年二月  四四四・五

昭和二七年三月  八六一・五

昭和二七年四月  二九一・五

昭和二七年五月  一二二・〇

昭和二七年六月  三四九・〇

昭和二七年七月   九五・〇

昭和二七年八月  三四三・〇

昭和二七年九月  九〇五・八

昭和二七年一〇月 四一三・七七

昭和二七年一一月 七三三・二五

昭和二七年一二月 三二六・七

以上のとおりの事実が認められる。乙第五十一号証の記載及び証人榎本の証言の中右認定に反する部分は前掲諸証拠と対比して措信し得ず他に右認定を動かすべき証左はない。

(ロ)  原告と訴外谷間との関係、とくに同訴外人に対する取引上の代理権付与の有無について、

訴外谷間が被告組合と石炭取引を開始した後に原告会社大阪支店との交渉を有するに至り、同支店出荷の石炭を被告組合へ納入していたこと、昭和二十七年一二月頃同支店が被告組合に対して直接取引方を申入れたこと、それまで右訴外人が原告の代理人資格を用いて被告組合との取引を継続していたことは右に見たとおりであるから、進んで原告が右の期間に訴外谷間に対し被告組合との営業取引上の代理権を与えていたかどうかを考えて見なければならない。

この点につき被告は訴外谷間が原告の代理人であつた旨主張し、なるほど証人馬部武の第一回証言と被告福原政吉、同興津文一各本人訊問の結果によれば訴外谷間が昭和二十六年五月頃被告組合事務所において商談中組合長福原等に対して原告の社員になつた旨を告げたことがあつたこと、次いで右証人榎本(第一回)同弓削の各証言のほか証人高島祝子及び同山本純子の各証言、同柳ケ瀬勝世の証言により真正に成立したと認むべき丙第四号証を綜合すれば訴外谷間が昭和二十六年八月頃から同二十八年二月頃に至るまでの大部分の期間大阪府豊中市内の原告会社社宅において同大阪支店長弓削仙蔵(ただし昭和二十七年十一月にその地位を退任していた)と同棲関係にあつたこと及びその以前に右弓削が同市内の原告社員寮に居住していた頃には訴外谷間も同寮において起居していたことがあつたこと、更に成立に争いなき本件丙第十号証(扇子)と証人榎本政子(第二回)、同馬部武(第一回)及び同福原斎の各証言によれば訴外谷間が被告組合との取引期間中に同組合事務所へ原告会社名のマーク入りの扇子やタオルを持参したことや大阪市内の取引先業者福原源八商店への商用に原告会社の自家用乗用車を用いたことがあつたことをそれぞれ認めることができるのであるが、これらの事実はいずれも原告会社がその営業取引上訴外谷間に対し代理権を付与していたかどうかの点と直接的な関連を見出し難く、弓削支店長の行動に亘る点は専ら訴外谷間との私生活の範囲に属する事柄であり、他はすべて訴外谷間のみの言動に関するものであるか、或は原告が対外的に代理者を表示したことの責任に関わるものであるかのいずれかであるから、これらの事実によつては原告と訴外谷間との内部関係において原告の授権行為があつたかどうかは依然明らかでないといわねばならない。(訴外谷間の前記社員寮宿泊の点については証人鳴瀬嘉弼の第一回証言により同寮は原告会社職員のみならずその知人や会社取引先顧客もこれを利用していたことが認められるからこれをもつて被告主張の如き訴外谷間の営業上の代理権の存在を推断することができないことは勿論である)。もつとも原告が既述のように被告組合に対する直接取引方の申入れを行うより以前の時期においても同組合に納入された石炭の運搬船につき前後十八回に亘り原告会社名義で直接被告組合を宛先とする送り状が発せられていたことは前顕乙第四十六号証(仕入帳)及び各成立に争いなき同第十七乃至第三十二号証、同第三十七乃至第三十九号証(各送り状)により明らかであるから、かかる事実は既に右の時期においても原告会社大阪支店と被告組合とが訴外谷間を介して直接取引していたものではないかとの疑を一応抱かしめるに足りるのであるが、右各送り状の内、その記載により原告が鉱山元である宇部より出荷した場合の分と認められるもの(乙第二十四乃至第二十七号証)については証人鳴瀬嘉弼の第一回証言によれば原告会社大阪支店における出荷手続の取扱上、右の如く鉱山元より出荷の場合には送り状宛先として単なる送付場所を記載することもあつたことが窺われるし、原告貯炭場より出荷された場合の分であることが記載上認められるその余の送り状については証人飛石安哉の証言により右貯炭場より出荷の際現場管理人が立会いの買受人の指図により送り状宛先の記載をなしていたことが推知できるから、そうするとかかる送り状の宛先記載がそのまゝ原告の取引先相手方を表示しているものと直ちに認定することも困難である。したがつて訴外谷間の介在当時原告会社大阪支店と被告組合との間に直接的な取引関係があつたことは右のごとき事実をもつてしては未だ明らかではないものといわなければならない。その他被告主張に副う被告福原、同興津各本人供述部分は証人弓削及び同榎本(第一回)の各証言に照らしてにわかに措信することができない。

かえつて訴外谷間の取引行為に関する既認定の事実に加えて、各前顕乙第二乃至第十六号証(各約束手形)、同第四十六号証(仕入帳)、同第四十九号証の一(約束手形)、同第五十一号証(速記録)、証人榎本政子の証言(第二回)により真正に成立したことを推知し得べき甲第十九号証の一(約束手形)ならびに証人弓削仙蔵、同桑田昌三、同鳴瀬嘉弼(第一回)、同熊本一衛、同梶利美及び右榎本(第一、二回共たゞし後に措信しない部分を除く)の各証言により考え合せると次の如き事実関係を認めることができる。すなわち、原告会社大阪支店の石炭販売方式は需要家売りと称して直接消費者を相手とするものと、同業者売りと称し卸売業者を相手とするものとに大別され、訴外谷間は他の三栄商会、土山某等とともに後者に属し、谷間商店の名で右支店の出入業者たる関係にあつたところ、当初は若年の女性の身に加えて資力信用状態も乏しかつたため現金取引の方法で原告会社より石炭買付を行つているうちに同大阪支店長弓削と親密の間柄となり、それにつれて原告に対する代金支払につき手形を用いることも許されるようになつたが、原告側においてはその信用性を極度に重んじて優良手形による支払を条件としていた関係上、いきおい同訴外人の販路は被告組合、訴外三和商会同福原源八商店の如き少範囲に限られていた。他方同訴外人の被告組合との取引の経過においては納入石炭の数量、品質などの瑕疵を理由として値段を買い叩かれることが多く、したがつて取引が進むにつれて同訴外人の業績は悪化し欠損を生ずる有様となつたため別取引により損失の補填を図ろうとして被告組合との取引と並行して昭和二十七年八月頃から大阪市内の梶利美、当村某、東栄産業などに対する販売を行うようになつたが、上述のように同訴外人の原告会社に対する支払手段としては現金によらず手形を用いる限りは被告組合か或は訴外福原源八商店振出のもの以外は事実上原告側よりその受領を拒まれる虞れが大きかつたゝめ大阪市内における前記別取引に供するための石炭買付の場合においても原告会社に対しては従来どおり被告組合振出の如き良質手形を用いるほかはなかつたところ、被告組合との経常取引に基ずく受取分手形のみでは必然原告に対する支払に不足を来たすこととなるため不足額は同組合をして代払させるを得策として同組合に対しては売主の原告会社が代金回収を急いでいるからとの口実を設けて同組合をして代金の前渡の趣旨で右不足額に相当する約束手形を追加振出さしめ、これを原告会社大阪支店に対する支払手段に用いることとし、かかる方法によつてその後同支店が被告組合に対し前記の如き直接取引の申入をするに至るまで同支店より大量の石炭買付を行つていた。かくしてその当時まで同訴外人が被告組合に納入していた石炭(その取引数量は前記(イ)において認定したとおりである)は右支店よりの買付分の一部であり、他はすべて大阪市内の別取引に供して業績挽回に努めていたものであつた。

以上のとおりの事実が認められる。

右訴外人の大阪市内における別取引に関して証人榎本の証言(第一、二回共)及び前顕乙第五十一号証の中、同人が被告組合組合長福原と意を通じてこれを行つていた趣旨の同人供述部分及び供述記載部分は被告福原本人の供述に照らして措信し難い。更に右証拠中には、同人があたかも原告会社大阪支店の売り子であつて、被告組合が買受石炭の一部を他に転売するにつきその役割を分担していたかの如き事実を推側せしめる部分があるが、かかる箇所も右各証拠内容の全般との関連において検討すれば格別右認定と矛盾する趣旨のものとは認め難い。

なお原告会社大阪支店と訴外谷間との関係についての証人熊本及び同梶の各証言は些か明確を欠く嫌はあるが、その供述趣旨においては右支店が被告組合に対して直接取引方の申入を行う時期までは訴外谷間が被告組合振出の手形を用いて右支店との間に石炭取引を行つていた点を裏付けるに足るものと認めて差支えない。

他に右認定を覆えして被告主張の如く訴外谷間が原告会社大阪支店の代理人たる地位にあつたことを認むべき証拠はない。

(ハ)  表見代理の点について

原告が訴外谷間に対し営業上の代理権を与えていたことが証明せられないこと右のとおりである以上は、訴外谷間が原告の代理人資格を用いて被告組合との間になした石炭取引は無権代理行為にほかならないものというべきである。

被告は右訴外人の行為が表見代理の場合に該る旨主張するところ、同主張は同訴外人が原告より営業上の代理権を与えられていた事実及び同人がその権限を踰越した事実を前提とするものであるから原告の同訴外人に対する代理権付与の点を肯認することができない本件においてはその余につき判断するまでもなく右被告主張は理由なきものとするほかはない。もつとも上記(ロ)の前段において認定したごとき事実関係が原告の責任上他の法律上の効果を招来するかどうかはおのずから別個の問題である。

(四)  本件手形振出の法律的性質

前段認定の如き事実関係に照らすと昭和二十七年十一月二十日に振出されたものとすべき本件手形は被告組合組合長福原が原告会社大阪支店の無権代理人たる訴外谷間との石炭取引関係に基ずき本人たる同支店に対して振出すために受取人として同支店名を記載し完成手形としてこれを作成の上右訴外人に交付したものと認むべきである。

ところで無因行為たる手形振出の性質上振出人が自己と直接取引の関係を有しない者に対しても同人を受取人として記載した約束手形を発行し、該受取人においても振出の当初から自己が受取人として手形上記載されていることを知りながら第三者を介してこれを受取るときは右介在者は単なる手形交付のための機関ないし使者と見れば足りるからかゝる場合は当初より該受取人に対する手形の振出、交付がなされたと認めて何等妨げないが、本件においては原告会社大阪支店が組合長福原の手によつて当初から同支店宛の完成手形として振出されたものであることを知りながら本件手形を訴外谷間より取得したと認むべき別段の証拠はないから右と同一には論じ得ないとしなければならない(証人榎本の第一回証言及び前顕乙第五十一号証(速記録)の中同訴外人が被告組合より受領する手形の受取人欄は原告会社大阪支店の三輪経理課長と相談した結果、振出に際して組合事務員に原告会社大阪支店名を書き入れて貰つたとある点は受取人欄補充の方法に関して同支店と訴外谷間との間に合意がなされていたとの事実に関わるものとも認められないことはないから、この点をもつて同支店が自己宛の完成手形として振出されたものであることを知つて本件手形を取得したとの事実を認むべき証左とするに足りない)。更に一般には本人が無権代理人を通じて自己宛振出の約束手形を受取る如き行為は特段の事情がない限りは無権代理行為の追認に該当することゝなりこれにより直接本人に対する手形振出の効果を肯定するも差支えない場合もあり得べきであるが、本件において原告会社大阪支店が右手形を取得するに至つたのは前段認定の如き同支店と訴外谷間との間の取引関係の事実から明らかなように同支店の同訴外人に対する石炭売掛代金を決済するためにその支払手段として同訴外人よりその交付を受けたものと認むべきであるからかかる場合の交付は両者間における手形権利の譲渡にほかならないものと言うべく、したがつて原告の本件手形取得が何等無権代理行為の追認に当らないことは明らかである。なお追認の点に関して被告主張の弓削支店長が昭和二十七年十一月頃組合長福原に対して手形の件で世話になつて済まぬとて礼を述べたとの事実については、これに符合する被告福原、同興津各本人の供述部分は証人弓削の証言と対比して俄かに措信し得ず更に被告下川新一本人のこの点の供述も不明確であつて、他にこの点を認めるに足る証拠はない。次いで被告主張の表見代理については訴外谷間が本件手形振出の当時原告会社大阪支店の表見代理人たる地位にあつたものと認め難い点は既に認定したとおりである。

そうすると組合長福原が本件手形上に受取人名を原告会社大阪支店と記載してこれを発行し無権代理人たる訴外谷間に対し交付した行為は本人たる同支店に対し直接振出の効力を生ずべき理由はなく、したがつて本件振出により右訴外人が手形上振出人と直接当事者の関係に立つものと認めなければならないし、他方原告会社大阪支店としてはその後に右訴外人より本件手形の譲渡を受けこれを承継取得するに至つたものであるから振出人との関係においては手形上第三者の地位にあるものと認めなければならない。

(五)  記名手形の引渡の方法による譲度について

一般に手形権利の譲渡は裏書の方法によるべきものであり、たゞ受取人白地の手形及び白地式裏書ある手形の場合には裏書のほか引渡の方法による譲渡も認められることは被告主張のとおりである。而して本件手形が当初より受取人記名の完成手形として振出されたものである以上、その譲渡方法が裏書によるべきを本則とするのは当然であるが、既に見たように同手形が無権代理人たる訴外谷間に対し振出されたものであるといえ、たまたま手形上の受取人欄には本人たる原告会社大阪支店の名が記載せられており、同訴外人名及びその代理資格の記載はこれを欠いているのであるから(受取人として右支店名以外の他の記載を欠く点は右甲第一号証表面の記載上明らかである)かかる手形を右訴外人が原告以外の他の者に対し譲渡する場合は格別として偶々受取人として記載せられている原告に対し譲渡する場合の如きにあつては裏書によらず単なる引渡の方法によることも許されるものと解するのが相当であり、かかる場合にも法が手形権利の譲渡方法として裏書によるべきことを要求しているものと考えることはできない。

蓋し手形の承継取得者の立場からすれば交付を受ける際既に手形上受取人として自己の名が記載されている場合には、それが果して振出当初は受取人空白の白地手形として流通に置かれた後に前所持人が譲渡に際し譲受人の補充権を代行して受取人欄に記載を補充し譲受人にこれを交付するものであるか或は本件の如く無権代理人が本人を受取人とする完成手形の振出を受け所持人となつた後にこれを本人たる受取人に譲渡するものであるかは手形自体からはいかんとも判別し難いのが通例であるから、かゝる場合もし当該手形が前者に属するものとすればその譲渡に際し事実上白地補充が先行しているとしても同手形が元来白地手形であつたものとしてこれを単なる引渡の方法により譲渡することが認められるのに反し、もし後者の手形なれば裏書の方法によらない限り譲渡が不適法というのであれば手形取得者としてはその取得により不測の危険を冒すこととなり手形流通の保護を全うし得ないこととなるものといわねばならない。

よつて本件手形につき訴外谷間より原告に対する引渡の方法による譲渡は許されない旨の被告主張は採用することができない。

(六)  原告が正当所持人なりやの点について

被告は本件手形につき原告会社大阪支店がこれを取得した後順次同支店は原告本店へ、同本店は訴外株式会社日本勧業銀行へこれを譲渡し、同銀行は昭和二十八年二月十六日に取立委任のため訴外株式会社神戸銀行へこれを譲渡したから支払のための呈示の当時原告がその所持人でなかつたこと及び原告が現にこれを所持するとしても右第一裏書人たる原告会社大阪支店の支店長弓削は裏書当時既に同支店長の地位を退任していたから同人による裏書が無効であり且つ第二裏書後の被裏書人より原告に対する戻裏書の記載がないから同手形は裏書の連続を欠く旨主張する。

これに対し原告は右被告主張が消滅時効の抗弁とともにいずれも時機に遅れて提出せられたことを理由にその却下を求めるところ(昭和三十四年十一月十一日口頭弁論期日)、なるほど本件においてこれら抗弁が被告により提出せられたのは同年九月二十三日の口頭弁論期日においてであるが(たゞし裏書の連続欠缺の抗弁については同日本件が昭和二八年(ワ)第三九号事件の弁論に併合せられたことにより、同事件において既に被告福原、同興津両名が主張していたところを同日本件被告が援用主張したもの)、本件は昭和二十八年九月十日に口頭弁論が開かれて以来昭和二十九年八月九日までは当事者双方が事実関係調査の上準備をとゝのえるために期日の延期を重ね、同年十月十五日以降は右別件に弁論の併合を見るまで同事件の進行を俟つために引続き期日の延期を重ねていたものであることは本件審理の経過から明らかなところであるから、かかる経過に徴すれば被告の右期日における各抗弁の提出行為が時機に遅れてなされたものと認めるのは妥当ではないし、しかもその抗弁内容たるや裏書の連続性の点も消滅時効の点も専ら本件手形の形式性具備の有無に関わるものに過ぎずしたがつて争点の主張立証のために相手方たる原告をして新たな準備行為を余儀なくせしめ訴訟遅延を齎らす如き性質のものとは認め難いからいずれにしても原告の右却下の申立は失当といわねばならない。

そこで飜つて本件手形(甲第一号証)の裏書の点についての被告主張を考えるのに、同号証裏面の記載上、第一裏書欄には原告会社大阪支店を裏書人とする白地式裏書が、第二裏書欄には原告会社本店を裏書人として訴外株式会社日本勧業銀行に対する譲渡裏書が、第三裏書欄には同銀行神田支店を裏書人として訴外株式会社神戸銀行に対する昭和二十八年二月十六日附取立委任裏書がそれぞれなされた上、右第二裏書以降の部分は抹消せられているが同号証は訴訟に提出されたときから既にかかる記載であつたことが明らかである。ところで右抹消部分の各裏書は初めよりその記載なきものとして看做される結果、残存裏書は原告会社大阪支店を裏書人とする白地式の第一裏書部分のみと見るべきところ、同手形上原告名が受取人欄に表示せられており原告が現にこれを所持しているものである以上は所持の適法性は推認せらるべきであつて、右白地式裏書の残存及びその効力は原告の手形上の権利行使につき別段の消長を及ぼさないものと解すべきである。(大審院昭和一七年(オ)第六二四号同年十月二十四日判決参照)

したがつてこの点の被告主張は理由なきものとして排斥を免れない。

(七)  消滅時効の抗弁について

この点の被告抗弁が時機に遅れて提出されたものであるとして却下を求める原告の申立の理由のないことは前段において述べたとおりである。

ところで被告抗弁は本件手形が白地手形であるとの事実を前提とするが、同手形が完成手形として振出された点は既に認定したところであるし、第一裏書欄の白地式裏書の記載もかかる裏書の方法は手形法上認められた適法な方式であるから本件手形の記載の形式上缺ける点はないものというべきである。而して本件においては右白地式裏書の存否に関わりなく原告会社名が受取人として手形面に表示されている点において原告の所持資格を肯定し手形権利の行使が許されるものと解すべきであることは前段説示のとおりであるから、白地の被裏書人部分を補充しなければ権利行使が許されないものとする被告の抗弁の失当なることは明らかである。

(八)  本件手形振出当時における被告主張の約定の存否について

本件手形は組合長福原が訴外谷間との間の石炭取引に関して昭和二十七年十一月二十日にこれを同訴外人に対し振出したものであること及び原告会社大阪支店が同年十二月頃被告組合に対して直接取引方の申入をなすまで右訴外人が同支店より石炭を買付けその一部は被告組合との前記取引に供していたが同組合よりの受取手形のみをもつてしては右支店よりの買掛金の支払に不足を来たすために右支店が代金回収を急ぐからとの口実の下に被告組合より代金前渡の趣旨で右不足分の約束手形の振出を受けこれを右支店に対する代金支払手段に充てていたことは既に認定したところであり、この事実と併せて前顕乙第四十六号証(仕入帳)、同第八乃至第十三号証(各約束手形)によれば本件手形(額面金二百四十五万円)が振出された昭和二十七年十一月二十日当時被告組合の石炭買掛代金未払分は金二百七十一万六千二百四十六円であつたがその当時既に同組合より振出済みで満期未到来であつた他の約束手形六通の合計額が金六百二十一万円に達していたことが認められる点に徴すると特段の事情なき限り本件手形も訴外谷間が被告組合より石炭代金前渡の趣旨で振出を受けたものと推認せざるを得ない。

この点に関し被告は本件手形が代金前渡のために振出されたものであることを否定し、振出に先立つて組合長福原と訴外谷間との間に(イ)手形満期までに額面相当の石炭を被告組合に譲渡する。(ロ)もし石炭を引渡さないときは手形決済に必要な金員を支払場所金融機関に払込みするとの約定の下に原告会社大阪支店に対しその資金調達援助のために貸与したものであると主張する。

なるほど被告福原本人の供述によると被告組合組合長であつた同人が訴外谷間に対して三、四回に亘り手形を貸したことがあり、その際右被告主張のような約定がなされていたというのであるが、その時期、手形枚数、金額や訴外谷間の申入れの点に関するその供述内容は要するに「昭和二十七年六月頃までは訴外谷間が石炭代金は現金払いでなく手形でもよいから手形を前渡してくれというので手形を貸した。同月頃同人が訴外福原源八商店との取引を廃めて被告組合のみとの一手取引を約束した際、原告会社大阪支店がそれまで右訴外商店より手形を借りていた関係上四、五百万円の手形を貸して貰わねば困るというので枚数は憶えぬが同人に手形を貸し、最後には同年十月頃同人から原告会社の資金繰りが悪化し弓削支店長が困つているので貸してくれとの依頼がありこれも枚数は憶えぬが一千万円程の追加貸をした」との趣旨の域を出でず、供述として明確を欠き、したがつて同年十一月二十日に振出された本件手形が右貸与分の内に含まれるかどうかは判然としないし、以下の認定により知り得る同年中における被告組合の石炭仕入高及び支払額の状況とも符合しない点があることが明らかである。

すなわち右乙号各証(仕入帳及び約束手形)のほか、前顕甲第一号証、各表面の成立につき争いなき同第二乃至第五、第八号証、乙第二乃至第七および第十四乃至第十六号証(各約束手形)に照らすと、昭和二十七年中に被告組合より振出された約束手形につきその各振出当時において同組合が訴外谷間より買入れた石炭の買掛代金未払分の存否及び金額と、当時未決済の他の同組合振出手形の存否及びその金額との関係を見ると左記のとおりであることが認められる(なお各手形の現実の振出日については前顕乙第四十三乃至第四十五号各証(各領収書)によれば同第十四号証、甲第二乃至第五、第八号各証の手形はいずれも同年十二月一日に、乙第十号証手形は同年九月一日に、同第十五、第十六号各証の手形は同年六月二十九日に各振出されたものと認むべく、他の各手形については別段の反証なき以上はいずれも手形面記載の振出日に振出されたものと推認する。更に石炭代金額についても当事者双方の主張する各単価には相違が見られるが、この点も他に反証もないので右仕入帳(乙第四十六号証)の記載を措信するほかない。)

以下の年度は昭和二十七年を指し、括弧内は手形書証番号を示す。

(1)  三月三日当時

買掛金未払残高 一、一三五、八五〇円

同日振出の手形金額 二、〇〇〇、〇〇〇円(乙2)

未決済手形金額 なし

(2)  同月三十一日当時

買掛金未払残高 五、〇一五、三〇〇円

同日振出の手形金額 四、〇〇〇、〇〇〇円(乙3、4)

未決済手形金額 二、〇〇〇、〇〇〇円(乙2)

(3)  四月二十五日当時

買掛金未払残高 四、四八〇、四〇〇円

同日振出の手形金額 一、五〇〇、〇〇〇円(乙5)

未決済手形金額 六、〇〇〇、〇〇〇円(乙2、3、4)

(4)  五月二十七日当時

買掛金未払残高 三、〇一七、二〇〇円

同日振出の手形金額 二、〇〇〇、〇〇〇円(乙6)

未決済手形金額 五、五〇〇、〇〇〇円(乙3、4、5)

(5)  六月二十九日当時

買掛金未払残高 一、六六二、四四〇円

同日振出の手形金額 二、一五七、〇〇〇円(乙15、16)

未決済手形金額 三、五〇〇、〇〇〇円(乙5、6)

(6)  七月三十一日当時

買掛金未払残高 三九〇、八五〇円

同日振出の手形金額 三、〇二〇、〇〇〇円(乙7、8)

未決済手形金額 四、一五七、〇〇〇円(乙6、15、16)

(7)  九月一日当時

買掛金未払残高 四九二、八九〇円

同日振出の手形金額 一、九五〇、〇〇〇円(乙9、10)

未決済手形金額 五、一七七、〇〇〇円(乙7、8、15、16)

(8)  同月三十日当時

買掛金未払残高 一、四〇九、九四〇円

同日振出の手形金額 一、九〇〇、〇〇〇円(乙11、12)

未決済手形金額 四、七六二、〇〇〇円(7-10、16)

(9)  十一月三日当時

買掛金未払残高 一、七三二、九七六円

同日振出の手形金額 八四〇、〇〇〇円(乙13)

未決済手形金額 五、三七〇、〇〇〇円(乙8-12)

(10)  同月二十日当時

買掛金未払残高 二、七一六、二四六円

同日振出の手形金額 二、四五〇、〇〇〇円(甲1、本件手形)

未決済手形金額 六、二一〇、〇〇〇円(乙8-13)

(11)  十二月一日当時

買掛金未払残高 一、五三三、一八六円

同日振出の手形金額 九、四五一、八〇〇円(甲2-5、8、乙14)

未決済手形金額 六、二九〇、〇〇〇円(乙10-13、甲1)

右によれば同年中の十一回に亘る手形振出において約一千万円に近い金額の手形が振出されたのは最後の十二月一日であること、同年四月以降の時期においては被告福原の前記供述のごとき四、五百万円の手形が同一時期に振出された形跡はないこと、同年七月三十一日の手形振出以後は石炭買掛金未払残高に比して振出手形金額(未決済分を含む)がかなり著しく上廻つている点が目立つけれども、かゝる傾向は既に同年の当初の振出以来一貫して続いているものであることを知り得るのであつて、前記供述内容との間に大きな齟齬が見られることは否定し得ないから、同供述の信頼度は甚だ疑わしく、況して本件手形が被告主張の如き約旨の下に振出されたか否かの点の認定資料としては同供述は未だ不充分なるを免れないものといわねばならたい。

もつとも証人榎本の第一回証言と前顕乙第四十六号証(仕入帳)によれば本件手形が振出されるより以前の同年六月十三日十七日、九月二十日及び十月八日の四回に亘つて訴外谷間より被告組合に対してそれぞれ金五十万円、百万円、百万円及び六十万円の合計金三百十万円を支払していることが推知されるから、かゝる事実が右訴外人の被告組合に対する債務負担を意味するものと見ることは自然であるが、もし被告主張のように右訴外人が貸与手形の満期日までに石炭の引渡をしないときに振出人たる被告組合に代つて手形決済の責に任ずる趣旨の約定があつたとして、これに基ずく履行のため右各金員の支払がなされていたものとすれば同訴外人による金員支払は被告組合をして手形金を決済せしめるときは取引代金の過払の事態を生ずる虞れがあるためこれを防止する必要がある場合でなければならないのにかかわらず同人の前記支払は何等かかる事態の有無と関わりなしに行われていたことが右仕入帳の記載により明らかであり(すなわち同訴外人による前記六月十三日の金五十万円及び同月十七日の金百万円の各支払について見ると右十七日に金額二百万円の被告組合振出手形(乙第四号証)が決済せられているが当時同組合においては石炭代未払残額が金四百二十九万円余あつたこと、九月二十日の金百万円の支払について見ればその直後の同月三十日に金額百五十万二千円の同組合振出手形(乙第十五号証)が決済せられているが当時の右未払残額は金二百九十一万円余に達していたこと、更に十月八日の金六十万円の支払については同日金額六十五万五千円の同組合振出手形(乙第十六号証)が決済せられているが当時の右未払残額は金百六十六万円余であつたことが前記仕入帳の記載によりそれぞれ認められる)、更にかえつて同年一、二月当時においては被告組合振出手形の決済により代金過払の事態となりながら同訴外人より同組合への入金の形跡はなく依然その後においても石炭取引が継続されていたことさえ右帳簿記載により窺われるのであるから、結局右訴外人の被告組合に対する前記金員支払の事実は本件手形振出に際して被告主張の如き約定が成立したことを肯認すべき充分な根拠となり得ないものと見なければならない。

その他被告主張に副う趣旨の被告興津本人の供述は前記被告福原供述と同一の理由により措信し難いし、他に本件手形振出に際して被告主張の如き約定があつたことを認めるに足る証拠はない。

そうするとかかる約定があつたことを前提として本件手形につきその振出原因が被告組合の事業目的の範囲に属しないこと及び組合長福原においては振出の権限を有しなかつたことを理由に同組合の手形振出上の責任を否定する被告の主張はその前提事実を認め得ないこととなるから、その余の判断を加えるまでもなく理由なきものとして排斥せざるを得ない。

(九)  振出行為に関する意思表示の瑕疵の点について

本件手形振出に際して前記被告主張の如き約定が現実に存在したかどうかということゝ、組合長福原がその当時錯誤によりかかる約定があるものと信じたゝめに振出行為をするに至つたものかどうかということは区別して考うべき問題であるが、被告主張の右振出行為につき要素の錯誤があつたとする点は組合長福原において本件手形を振出すに当りそれが手形行為であることの認識自体に錯誤があつたとか、手形面上の記載行為及び相手方に対する手形交付行為そのものに錯誤があつたという性質のものではなく、同組合長が原告会社の資金調達援助のため貸与する趣旨で、満期日までには額面相当の石炭の引渡を受くるかもしくは手形決済に要する金員の返還を受くべきことを誤信して振出したと言うのであつて振出行為の動機に錯誤があつたとするに過ぎないものであることはその主張により明らかであるから、かゝる錯誤が仮に認められるとしてもそれは手形行為の要素に関するものとは認め難く、したがつてこの点の被告の抗弁は事実関係の存否に立入るまでもなく採用し得ないところである。

次に被告が右手形振出は訴外谷間の欺罔行為により右組合長福原の錯誤に基いてなされたものであるからこれを取消したと主張する点を考えるに、なるほど先に認定したごとく同手形は組合長福原が原告会社大阪支店を受取人としてこれに交付するためにその無権代理人たる訴外谷間に対し振出したもので、同訴外人はその頃右支店との間に別個に取引関係を有し、これに基ずく代金債務支払のため原告の代理人資格を用いて被告組合より代金前渡の趣旨で約束手形の追加振出を受けこれを右支店に対する支払に充てていた関係にあつたのであるから、本件手形振出についても同訴外人の欺罔行為があつたものと認むべき余地はないではないが、同訴外人が右手形の振出を受けた当時原告会社大阪支店の営業上の代理人たる地位にあつた点は認めがたく原告の本件手形取得はその後における右訴外人の譲渡行為に基ずくものと認められるのであるから、原告がこれを取得したとて手形上振出人たる被告組合との間に直接当事者の関係を生ずるに至るべき筋合はなく、したがつて手形の振出行為の関係においては無権代理人たる右訴外人が被告組合に対する直接当事者の地位に立ち、原告は第三者に該るものと見るべきことは既述のとおりであるから、そうするとかりに訴外谷間の欺罔行為により本件手形が振出されたものであるとしても詐欺による振出行為の取消の意思表示は直接の相手方たる右訴外人に対しなさるべきものといわねばならない。しかるに被告組合が右訴外人に対してかかる取消の意思表示をなしたことについては何等の主張、立証はないのであるから既にこの点において被告の右抗弁は失当としなければならない。

(十)  過払の抗弁について

被告は昭和二十八年二月十八日現在において原告会社との石炭取引による代金債務は支払済みの上なお金六十三万七千八百九十四円の過払を生じている旨主張し、なるほど前記同組合仕入帳(乙第四十六号証)の記載上もかかる計算の結果が現われていることが認められる。

しかし右帳簿は訴外谷間が原告会社大阪支店の無権代理人として被告組合と取引していた昭和二十七年一月当初以降の取引経過をすべて原告会社との取引として取扱いこれを計算に加えているものであることはその記載上明白であるから、右過払金額はこれをそのまゝに承認することはできないし、かえつて、同年十二月頃原告会社大阪支店が被告組合に対して直接取引方申入れをしたとの先に認定の事実と併せて前顕甲第九、十号各証、その形式及び内容に照らし各真正に作成されたものと認むべき同第十一乃至第十八号証及び右仕入帳の記載を綜合すると同年十二月十五日以降において被告組合に納入された石炭が原告会社大阪支店との取引に基ずくものと認められるのであつて同取引上の代金債務がいかにして決済されたかはこれを明らかにする証拠はない。右十二月十五日以降の取引代金支払に関する右帳簿の記載は前顕乙第十一乃至第十四号証各手形に照らせば被告組合が原告会社大阪支店との直接取引をなす以前の訴外谷間との取引期間中に振出していた約束手形を決済したことを示すものであることが窺われるから、かかる記載は格別右認定を動かすに足りない。他に原告会社と被告組合との石炭取引代金が過払を生じている事実を認むべき証拠はない。

そうすると被告の右過払の主張は被告組合と訴外谷間との間の取引についてこれを見なければならないところ、この点は右認定したところからするも被告主張の昭和二十八年二月十八日より以前に既に代金過払を生じていたことは看易いところであるが、これを右仕入帳記載に徴すれば昭和二十八年二月二日に被告組合が金二百六十五万円を支払つたことにより計算上金百四十一万円余の過払を生じ、更に同年二月十九日に金百九十八万円を支払つたことにより過払金額が金三百三十九万円余に膨脹したことが認められる。

しかしながら右代金過払は被告組合と訴外谷間との取引関係上生じたものであり、他方本件手形も同取引の過程において振出されたものではあるが原告はその後これを右訴外人より譲渡を受け所持するに至つたもので手形上振出人に対し直接当事者たる関係にないのであるから被告組合としては右過払の事由をもつて当然には原告に対抗し得ないものと言わねばならない。

ところで原告が本件手形取得当時右過払を生ずべき事実を予見しその取得により振出人たる被告組合を害することを知つていたかどうかの点に関しては格別の主張、立証はなく、かえつて右代金過払が本件手形振出後七十余日を経過して生じた事実と併せ、同手形は振出後直ぐ原告会社に渡した旨の証人榎本の第二回証言及び「本件手形の外、乙第三乃至第十六号証等の各手形は何も条件をつけずに石炭代金の一部として原告会社に渡したものに間違いなく、その際手形上文句がついているとか特別な事情があるというようなことは一度も話したことはない」旨の同人の第一回証言を綜合すれば原告は本件手形の善意取得者に該るものと認めるほかはない。

して見れば被告組合の右代金過払の事実はこれをもつて本件手形上原告に対抗し得ないことは明らかであるからこの点の被告の抗弁も理由がないといわねばならない。

(十一)  結論

以上によれば被告の抗弁はすべて理由がなく、したがつて組合長福原の本件手形振出により被告組合としては所持人たる原告に対して同手形金支払の義務を負うべき関係にあるものと認めなければならない。

もつとも本件被告組合のごとき人格なき社団については一般に手形能力を否定する見解もあるのであるが、かかる社団もそれ自体独立の一個の組織体として社会的に存立する点においては本質上法人の場合と択ぶところはないし、訴訟法が所定の要件を具える非法人社団に対して、当事者能力を認めている法意に鑑みるも、法人に関する私法上の取扱いはその性質に反しない限り人格なき社団にして訴訟上の当事者能力を有するものに対しても推及さるべきものと解する。本件において弁論の全趣旨から明らかなように被告組合が従前よりその名において商取引や金融機関との取引関係の当事者として社会的活動を営んでいたものであること及び各成立に争いなき丙第八、第九号各証により認め得べき同組合自身が責任財産を保有する事実から考えれば、被告組合が法人格を有しないことの故をもつてその手形上の責任を否定すべき理由はないものと言うべきである。

なお本件甲第一号証手形の記載上支払地が「兵庫県三原郡津井村」、支払場所が「神戸銀行湊支店」とせられている点についてはその振出及び原告主張の呈示の当時右支払場所が三原郡湊町の地域にあつて手形上の支払地とその地域を異にしていたことは当裁判所に顕著であるから、原告の右支払場所における呈示は無効と認めなければならないが、同手形の振出人たる被告組合としては右呈示の無効にかかわらず依然支払義務を免れ得ないから、本訴状送達により遅滞の責に任じなければならないものと言うべきである。

そこで原告会社が被告組合に対し本件手形金の内金四十五万円とこれに対する本訴状送達の翌日であることが記録上明らかな昭和二十八年八月十三日以降完済まで手形法所定年六分の割合による金員の支払を求める本訴請求を正当として認容すべきものである。

第三結論

よつて昭和二八年(ワ)第五二号事件原告の請求を認容し、同年(ワ)第三九号、第五三号各事件原告等の請求をいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、仮執行の宣言につき同法第百九十六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 五味逸郎 土屋連秀 上治清)

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